『裁判員になるってそういうことだったのか!』番外編

■被害者参加制度

 以前は、事件・事故の被害者も遺族も、警察による捜査の状況や結果について何も知らされることはなかった。被疑者は逮捕できたのか、起訴されたのか? 不起訴になったのか? 起訴になった場合、いつどこで裁判が行われるのか? それらについて、捜査当局や裁判所から何の知らせもなかった。仮に裁判の日時を知りえたとしても、傍聴席で切歯扼腕することしかできなかった。被害者や遺族はひたすら忍耐し、くやしい思いをただただ噛み殺す以外になかったのである。

 その思いに応えようというのが、2008年12月1日から施行された「被害者参加制度」である。これは、1999年4月14日に発生した山口県光市母子殺害事件における被害女性の夫であり、被害女児の父である本村洋さんが、犯人逮捕から最終判決まで実に9年の歳月を要した過程で、悲憤をバネに多くの人々と協力して被害者参加制度の導入を強く訴え、成果を上げたものであった。

 被害者が参加できるのは、殺人、傷害致死傷、危険運転致死傷など、故意の犯罪行為で人を死傷させた罪や、強姦、業務上過失致死傷といった罪で起訴された被告人の裁判。裁判所の許可が得られれば、被害者は検察官の横に座り、加害者に事実関係について直接質問したり、刑の重さについて意見を述べたりすることができる。(MSN産経ニュース2008.9.2 10:48参照)

 2009年3月3日の『朝日新聞』によれば、それまでに判決の出た裁判における被害者の意見と判決との関係は下表のようになっている。

 制度設計の段階では、刑事裁判が報復感情に左右されるおそれがあるとの懸念もあったが、量刑はおおむね裁判官の冷静な判断が示されているように思う。参加者は、「参加してよかったが、従来とあまり変わらない判決なら意味がない」「直接謝罪してくれたのがせめてもの救い」などの反応を示している。(『朝日新聞』2009年3月3日参照)

 被害者は、感情を露わにする人がいる一方、淡々とした人もいるかと思えば、前述したように逆に、裁判に参加した被害者を被告人が脅すという事態も発生した。逆に、被害者の遺族が被告人に殴りかかるという事態も発生した。

 参加することによって、被害者は達成感を抱いたり、鬱積した深い思いを解消したりすることができるのだろうか? 

 まもなく、裁判員裁判において被害者が参加するケースが発生する。一般人から選ばれた裁判員が、被害者の感情の渦に巻き込まれたり、被害者と加害者の板挟みになったりする可能性も考えられないわけではない。それが、裁判にどのような影響を与えるか予測不可能である。ただ、裁判員、被害者、被告人に、大きな精神的負担が加わることは間違いないだろう。その意味で、それぞれの人たちの心のアフターケアに対応し、さまざまな事例を積み重ねつつよりよい内容に高めてゆく必要がある。

 筆者としては、被告人が無実だった場合、被害者が感情をどのように昇華するのか、それが気懸かりである。