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ギョーダンノギシ(9)最終回 文: 佐山 ゆうき 作者にメールを送ります
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        (第九回/全九回)

      (8)前半からの続き

 車は、いきなり広々とした場所に飛び出しました。あまりに急だったので、崖を越え、空中に放り出されたのかと思ったほどです。
 気づくと、校庭の倍ぐらいはある、巨大なぬかるみの真ん中に止まっていました。タイヤや、ブルドーザーのキャタピラにほじくりかえされ、水たまりがそこらじゅうにできています。
「着いたぞ。だけど、おまえが喜びそうなものはないもないな」
 お父さんはエンジンをきり、大きくのびをしてから外へ出ました。あたりには、木はおろか、一本の草もはえていません。
「おりといで。あっちへ行ってみよう」
 お父さんが指さした方角に、いま車が止まっている地面と同じ色をした山が見えました。
 山くずれがあったのかなと洋介は思いました。でも山の形はきっちりと三角形をしています。くずれたというより、赤茶色の地面が、空に向かってはい上がっていった、というほうがあっている感じです。よく見ると、山の斜面は、上まで、階段のようになっていました。一段の高さは、洋介の背の三倍くらいはありそうです。ふもとにはクレーン車が止まっていて、横に厚いタタミのようなものが積み上げてありました。
 洋介は車をおりて、お父さんの横に立ちました。ほんのすこししか歩いていないのに、運道靴はすぐ、あんころもちみたいになりました。
「これじゃあ、ちょっと歩けそうにないな。待ってろ」
 お父さんはまわりを見回すと、ズボンのすそをめくりあげ、ぬかるみのなかに入っていきました。つまさきで地面をさぐり、すこしでも浅そうなところをえらぶようにしながら進んでいきます。
 行く先に大きなパワーシャベルがとまっていました。あと五、六歩ぐらいの距離まで来ると、お父さんは、勢いよく走りぬけ、パワーショベルに飛び乗りました。
 ひと声ほえるような音が、静かな山の空気をふるわせました。動かすぞ、という合図なのでしょう、お父さんが手をふっています。
 地響きをたてながらパワーシャベルは前進を開始しました。洋介のそばまで来ると、お父さんは、ショベルを高く持ち上げ、おいでおいでをするように、ガチャンガチャンと動かしました。
 洋介はキャタピラによじ登り、お父さんがすわっている運転席の背にしがみつきました。目の前に爪のはえたショベルがあり、足元からはキャタピラが突き出して、ぬかるみの地面は、はるか下に見えます。
 キャタピラが動きはじめると、ものすごい振動が洋介の体をわしづかみにしました。でもすぐに音が変わって、車体が大きく右に回転すると、パワーシャベルは階段の山をめざして進み始めました。でも歩みはジグザグです。お父さんはどうやら、深そうな水たまりをえらんで、わざとそこにつっこむように操縦しているようです。泥水がはね上がるたびに、洋介は声を上げ、お父さんはエイエイオーをするように、シャベルの腕を高くつきあげました。
 洋介はいつか、自分でも気づかないうちに、お父さんの肩をつかんでいました。肩には筋肉のこぶがもりあがり、腕の動きにあわせて、かたくなったり、またもとにもどったりします。
 洋介はのびをして、お父さんの手元をのぞきこみました。ひざのあいだには、全部で四本の棒がのぞいていました。めざす水たまりに向かって進んでいるとき、お父さんはまんなかの二本の棒を前に押していました。方向をかえるときには、一本はそのままで、もう一本をうしろにもどしました。
「これを動かすとどうなると思う?」
 お父さんは左手をいちばん左の棒の上におきました。洋介は首を振りました。
 お父さんはその棒を右によせました。どうなったかというと、運転台が右に回転したのです。洋介の目の前にあった山がなくなり、トラックの列が正面にきました。お父さんが棒を逆に押すと、トラックがなくなり、山が現れ、また山がなくなり、こんんどは林が正面にきました。
 お父さんは、四本の棒をあやつることで、この大きな鉄のかたまりを、思うがままに動かしているのです。さっきここに来るときに見た自動車の棒よりも、こっちのほうがずっとむずかしそうです。
 お父さんが上を見あげて、大きな声でなにか言いました。でもパワーショベルの音にかき消されて洋介には聞こえません。お父さんは、空を指差しました。
「見えたか?」とお父さんが聞きました。洋介はうなずいて「見えた」と答えました。まっ白なサギが、ゆっくりと空をよこぎっていきました。
 いつのまにか、階段の山のすぐ前まで来ていました。洋介とお父さんはショベルカーをおり、階段の下に立ちました。一段の高さは思ったよりもあります。お父さんがはしごをかけると、よけいそのことがはっきりしました。
 お父さんは上にあがると、洋介にも登ってくるように言いました。
「なんだ、もってきたのか」
 洋介がはしごをとちゅうまで登ったとき、上からお父さんの声がしました。
 洋介は、そのときはじめて、自分がかかえているものに気づきました。銀色の箱が汗でぬれています。
「ほら、こっちへ投げてごらん。持ったままじゃ登りにくいだろ」
 洋介はお父さんを見上げて「だいじょうぶ」と答えました。右手だけで、はしごをのぼっていることに気づくと、急にこわくなりましたが、そのまま登りつづけました。
 手がはしごの上までくると、お父さんは洋介の腕をとり、引っぱりあげてくれました。
「あぶないなあ。ぐらぐらしていたぞ。車のなかにおいてくればよかったじゃないか」
 すこし怒ったような声でした。
 そのとき洋介は、つぎにお父さんはこうたずねてくる、と思いました。
「なんなんだそれ。なかになにが入っているんだ?」って。
 お父さんがそう聞いてきてくれたら、ぼくは、箱のなかになにが入っているか話すだろう。お父さんがどうするかはわからない。だけどお父さんに知ってもらうことができれば、それだけでぼくは、ざわざわと波立つような今の気持ちからぬけ出すことができる。洋介は下を向いて、お父さんがそのチャンスのなかに入ってくるのをまちました。
 だけど残念ながら、お父さんは、洋介が思っていたほうには来てくれませんでした。
「まあいいか。でも降りるときはお父さんが持ってやろう」
 お父さんはそう言うと、洋介の肩に手をおいて、歩き出しました。
 自分勝手に思い描いたすじ書きなのですから、お父さんがその通りにしてくれなくてもしかたがないのですが、洋介はすごくがっかりして、なんだか裏切られたような気がしました。
 あおむけに地べたにねころがって、手足をバタバタさせながらワーワー泣くことができるなら・・・。そういうやり方で、いまの気持ちをお父さんに伝えることができれば・・・。
 でも、そんなこと、できるはずがありません。だとしたら、どうすればいいのでしょう。あとは自分から、箱のことについて切り出すしか・・・。だけど、どういうふうに話したらいいのか。お父さんのほうからきいてきてくれるのでなければ、うまく話せないような気がします。
 階段の上は、駅のホームぐらいの幅で、赤茶色の土が平らにならされていました。
「このへんいったいの山は病気なんだ」
 どうしたらいいのか、考えながら歩いている洋介の頭の上で、お父さんは目の前の山について話しはじめました。
「銅を掘っていたんだけど、そのときの毒が、このへんの山を病気にしてしまったんだ。木はすべて枯れ、草一本はえなくなった山は、かわききって、空にそびえたまま、砂漠になってしまった。いまいるこのへんは、そういう病気になった山の、いちばん南はしにあたる。むこうがわには、砂漠みたいな山がまだいくつもつづいているんだ。見たらものすごく悲しくなるぞ。砂漠になった山は、雨がふり、風が吹くたびにくずれつづけて、どんどんやせていって、流れ込んだ土で川もよごれてしまった」
 お父さんはそこまで話すと、胸のポケットからチューインガムを取り出し、自分で一枚ほおばってから、洋介の顔の前にも一枚さし出しました。
 洋介はそれを受け取りました。つつみ紙をむいて口に入れると大人のガムでした。なにも考えられなくなっていた頭が、ものすごいハッカの味で目をさましました。洋介はあわてて口からガムを出すと、包み紙につつみ、そっとポケットに入れました。
 お父さんはガムをかみながら、話をつづけています。
「お父さんたちは、もういちど、この山を生き返らせてみたいんだ」
 お父さんの話は、洋介にはよくわかりませんでしたが、その言葉は興味を引きました。
「ほとんど雨がふらずに、からからにかわいた土地を、野菜がとれる畑にしたり、果物が実るようにしたことは、これまでに何度もある。お父さんたちの仕事は、砂漠のような平らなところでは成功したんだ。それをこんどは、平らじゃないところに応用しようとしている。いまやっているのは、そのための実験みたいなものだな。どうするかっていうとな」
 お父さんはクレーン車のほうを指さしました。
「こうやって山に階段をつくって、あれをしいて、そのうえから新しい土をかぶせなおすんだ」
 お父さんが「あれ」といったのは、クレーン車の横につみかさねてある、厚いタタミのようなあれです。
「あれがなんだかわかるか?」
「スポンジ?」
「まあ、そんなようなものだな。あれを山のなかに埋めておくとな、山のなかに、こまかい木の根がたくさんはったようになるんだ。木の根っていうのは、山にふった雨をためておく役割をもっているだろ。それと同じことを、あれがやるっていうことなんだよ。土がかわって、おまけにうまい水をたっぷりふくんだとしたら、どうなるかわかるだろ。草がはえる。苗を植えればどんどん育つ。そして、本物の木の根がいっぱいはったころ、あれは溶けてなくなるようにできているんだ」
 お父さんは立ち止まって、遠くを見るようにしながら、話を続けました。見下ろすと、工事現場のはじの林のむこうに、沼が見えました。水面が、すこし斜めになった日差しできらめいています。
「かわききって死んだようになった土地に出かけていって、お父さんが汗をながすと、その土地が息を吹き返す。いのちを生みだすことのできる土地にかわる。それがとても楽しくてな」
 お父さんは、腕のなかの洋介を見ました。
(ダカラ、洋介、オマエノコトハ、アマリ、カマッテ、ヤレナカッタ。ダケド・・・、ダケド、コレカラハ・・・)

「つまらない一日にしてしまったな」
 遊びに行こうといって家を出たのに、こんなところにつれてきてしまって、お父さんは本当にすまないと思いました。日が暮れようとしている今となっては、ほかのところへ行こうと思っても手遅れです。
 お父さんが、そんなふうに考えていたなんて、洋介は意外でした。たしかに、なにが楽しいというようなことは、なかった気がします。でも、つまらなかったとも、思っていなかったのです。
 お父さんは小石をひろって沼に投げました。水面がゆれ、空と木と太陽がちりじりになり、混ざり合って、きれいな模様をつくりました。
「でも、あのショベルカーはすごかったよ」
 自分にとっては、けんとうはずれの感想でしたが、つまらなくなかった、ということを知らせたくて、洋介は言いました。
 お父さんの投げた石が、水の上をはずみながらすべっていきます。
「ところでさ、なんなんだ、おまえのその宝物。ずいぶん大事そうにしているじゃないか」
 お父さんの質問は、期待したよりもだいぶおくれてやってきました。それでもチャンスにはちがいありません。洋介にまよいはありませんでした。
「宝物なんかじゃないんだよ。大事になんかしてないよ。本当はどこかにすててしまいたいんだけど、すてたらだれかがやられてしまうから、出てこないように、ふたをおさえているんだ」
 お父さんはあっけにとられた顔をして、まくしたてる洋介の話を聞いています。
「毒をもっているって言うんだ。コーちゃんの友だちがつかまえてきたのを、コーちゃんが、むりやりぼくにおしつけたんだ。目を合わせたらやられてしまうぞって。どうしたらいいのかわからなかったから、最初は神社にすててしまおうかと思ったんだけど、でも、誰かがフタを開けてしまったらと思うと心配で、だからこうしてずっと自分で・・・」
「目を合わせたらやられてしまうか」
 お父さんはあごをこすりながら「うーむ」とうなると、「待っていろよ」と言い残して、その場を離れていきました。
 どこへ行くんだろう。洋介はお父さんの背中を目で追いました。さっき来た道を戻っていきます。向かっているのは、階段になっているあの山のようです。
 ひとり残った洋介は、石に腰をおろしました。沼はいつのまにか、うすい紫色にかわっていました。平らな水面には、むこう岸の木の影が、そのままの形でさかさまに映っています。さっきまで銀色の光を反射させていた太陽は、もうほとんど力をなくして、沼の底に沈んでいました。
 なんの音も聞こえません。動いているものもありません。沼の表面をじっと見ていると、自分のなかにも平らな水面が広がっていきました。
 今、洋介の胸のなかは、不思議なくらい静かでした。お父さんが、なかなかもどってこないことも、気になりません。
 洋介は両手でかかえていた箱をじっと見つめました。初めて気がついたのですが、ふたにはつる草の模様が描かれていました。もとは色も塗られていたのかもしれませんが、今は、はげおちて、模様の跡が残っているだけです。そこらじゅうに、ひっかき傷があり、傷にはさびが出ています。角もさびて、でこぼこで、穴があきそうです。恐い夢からさめたように、そのとき、銀の箱は洋介の手のなかで、ただのブリキカンに変わっていました。
 洋介はふたに手をかけました。なかには猛毒のトカゲが入っていると、コーちゃんが言い、自分でもそう信じてきたけれど・・・。
 洋介は箱を足元の地面に置き、そして、ふたを開けました。

 沼の底でにじんでいた太陽は、木の影のしたにかくれ、空が赤い光にそまりはじめています。
 うしろのほうで、草をける音がしました。振り返ると、お父さんが、こっちに向かって歩いてくるところでした。目のところに黒い板がはまった鉄の仮面をつけています。お父さんは一度立ちどまって、そのかっこうを洋介によく見せるようにしてから、またゆっくりと歩きはじめました。手と足をまっすぐに伸ばした歩き方で、ロボットになったつもりのようです。
 洋介の前でお父さんはぴたりと止まりました。仮面のなかから、くぐもった声が聞こえてきました。
「ふ、ふ、ふ、これならだいじょうぶだろ」
 お父さんは仮面をはずしました。
「お父さんの目、見えたか?」
 黒い板にさえぎられて、お父さんの目は見えませんでした。洋介は首をふりました。
「見えなかっただろ。これはな」
 それは溶接のときに、火花のまぶしさをさえぎる仮面だということでした。
「ほら、その箱をかしてみろ」
 お父さんは、洋介の足元に置いてある箱をあごでしゃくって、手をさし出しました。
「この仮面をかぶって、お父さんがそれを逃がしてやる。おまえはお父さんのうしろで目をつぶっていろ」
 洋介は黙って箱を差し出しました。
 お父さんは箱を持つと、水のそばにしゃがみました。言われたとおり目をつぶって、洋介もお父さんのうしろにしゃがみました。
 ふたを開ける音。つづいて水のはねる音。それからお父さんの「もういいぞ」という声。洋介が目を開けると、お父さんがふたをとった空っぽの箱をもって、こっちを向いていました。
「もうだいじょうぶだ。安心していいぞ。だけどそれにしても、すごい色のヘビだったな。ちょうど眠っていたからいいようなものの、目をさましていて、とぐろでもまかれたら、とてもじゃないが、さわる気にはなれなかったな。あんなものを、よく何日も持っていられたな。もっと早くお父さんに言っていれば、なんとかしてやったものを。まあ、こんど、空飛ぶ毒トカゲでもおしつけられたときには、すぐお父さんに知らせるこった」
 お父さんは、からの箱を洋介にかえしました。空はまっ赤な夕焼けです。洋介の顔も、お父さんの顔も、赤い光にそまっています。そのままたがいの顔を見合ったまま二人とも話をしようとしません。
 おなかの奥のほうから、なにかがこみ上げてきました。しゃべったりしたら、いっぺんにそれがあふれ出してしまいそうです。だけど、もうがまんできそうにありません。
 おなかがひくひくします。胸がひくひくし、のどがひくひくし、舌のつけねもひくひくしています。洋介の目には涙がにじんでいます。お父さんも苦しそうな顔をしています。もうだめ、がまんできません。
 このあと、山には二人の笑い声がこだますはずです。

                 (完)

07/25/2016


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