ホーム トップ > 投稿閲覧室 > 小説・物語 > ギョーダンノギシ(7)
ギョーダンノギシ(7) 文: 佐山 ゆうき 作者にメールを送ります
閲読数:[ 539 ]    コメント:[ 0 ] ※クリックでコメントフォームへ

           (第七回/全九回)
       (七)
    
「いなかったのよ、本当に。
 出かけたあと、忘れ物に気づいて・・・。まったくしょうがないんだからなんて。最初のうちはのんきなものだった。
 教室の戸をたたいて、先生に、申しわけありません、渡してやってくださいとたのんだら、来ていません、連絡がないんで心配していたんですよ、って。
 驚いたわ。
 そんなはずはありません。ちゃんと、行ってきますと言って家を出たんです。
 思わず大きな声が出ちゃったわよ。どういうことなの。行ってくると言ったら学校しかないじゃない。
 先生をおしのけるようにして教室のなかをのぞいてみたわ。信じられなかったけれど、本当に洋介はいなかった。洋介の机の上だけ、何も置かれていなかったからすぐわかった」
(洋介ガ、消エタ、トイウコトカ・・・。夢ト同ジダ。アレハ、ドンナ夢ダッタカ。今オボエテイルノハ、必死デ、洋介ヲ、サガシマワッタ、トイウコト、ダケダ・・・。山ノフモトニ、洋介ノスガタヲミツケテ、危険ナ山ダト、知ラセヨウトシタ・・・。山? アノ山カ? ソウカ、アノ山ダ。夢ノナカデモ、オレハ、仕事ノコトヲ、考エテイルノカ)
「いくら問いつめても、なにも言わないのよ。学校へ行かずに、五時間も、どこでなにをしていたのか。きのう学校から帰ってきたときから変で・・・」
(あのあとにこんな続きがあったなんて。子どものころのことを思い出して、わかったような気になっていたけど、ただのひとりよがり。なんの解決にも、なってなかったんだわ)
「もう洋介がわからなくなっちゃったわよ」
 そう言うとお母さんは下を向きました。
(泣クナヨ。コウイウトキハ、ワカッタヨウナコトヲ、言ッテヤレバ、イインダロウケド、オレニハ、ナニモワカラナイ。ワカラナクナッタンジャナクテ、オレハ、最初カラゼロ、洋介ノコトニツイテ、ゼロダッタンダ。泣クナッテバ。オレモ、泣イチャウゾ)
(もしもあのとき、忘れ物を届けに行かなかったら、どうなっていたのかしら。学校が終わったころ、しらんふりで帰ってきて、そのまま、いままでどおりの親子っていうこと? 知らなきゃ、知らないですんじゃうことだったの)
(本当ニオレハ、親ダッテ、イエルノダロウカ。アノ音ハ・・・、雨カ)
「なんでいつまでもだまっているの」
「洋介、汗かいているじゃないか。はがしてやれよ、毛布」
(も、毛布? なにそれ。わたしの話、ちゃんと聞いてたの? もう知らないから)
(涙ハ、カワイタミタイダケド、ヘタナコトヲ、言ッタラ、マタスグニデモ、泣キダシソウナ、目ダ)
「それで、どこにいたんだ洋介は」
「そこらじゅうさがしまわったわ」
(そんなにかんたんに教えてあげるもんですか。うんと苦労してやっと見つけたんだから)
「学校を飛び出したときには、大声で叫んでいたわ」
(もちろん心のなかでだけど)
「洋介、洋介って」
(坂道をかけおりて、それから、まだ半分ぐらいしか開いていない商店街のなかをぐるぐる回ったんだった)
「八百屋だろうが、パン屋だろうが、開いている店はぜんぶなかをのぞいてみたわ」
「おれは空から洋介をさがしたんだった。両方のほっぺたを、思いっきり引っぱらないとならなくて・・・」
「・・・?」
(ア、変ナ顔デ、オレヲ見テル。ヤメテオコウ、夢ノ話ナンテ。コンガラカルダケダ)
「ひょっとしたらと思って、いないってわかっているところにも。美容院のなかまで」
(ビヨウイン!)
(笑いたいんでしょ。笑ったら泣くから)
「道ばたの石の下も、一個一個ひっくりかえしてさがしたいような気分だったわ。だけどけっきょく、洋介はどこにもいなかった」
(オレモ、洋介ヲ、見ツケルコトハ、デキナカッタ)
「迷子になった子どもの、泣き声の意味、わかるような気がしたわ。親がいないからかなしい、それだけで泣くんじゃない。親がいないって気がついたとたん、まわりのものがぜんぶ、それまでとはちがうふうに見えてこわくなるんだと思う。洋介の名前をよびながら、わたしもまったく同じ気持ちになっていた」

「もしもあのまま洋介が見つからなかったら、私たちはどうなったのかしら」
「だめな親でも、気分としてはずっと父親でやってきたからな・・・。おれの半分ぐらいは、なくなっちゃうような・・・」
「半分? 半分ですむのかしら」
(自分ガ、旅行ヤ仕事ニ行ッテテ、洋介ト会エナイ、トイウノナラ、ドウトイウコトハナイガ、自分ガ、動カズニイテ、子ドモノホウガ、離レテイクトイウノハ・・・。同ジ、会エナイニシテモ、内容ハ、マッタク別ナンダナ・・・)
「・・・花火が消えてしまう」
「花火?」
「このまえ恐竜の本を読んでいたら、これまでに地球に誕生した生物の九十九パーセントは、すでに絶滅してしまっていると書いてあった。打ち上げられた花火が、夜空の闇に消えていくみたいに。今いる生き物は、残りの一パーセントにすぎないんだそうだ。キリンやトンボや、イカやツユ草やカケスも、その一パーセント。おれやきみも、その一パーセントのなかの、小さい命にすぎない・・・」
「だから?・・・」
「うーん・・・」
「もし私たちに、洋介がいなかったら、私たちも絶滅した生き物と同じように、闇のなかに消えてしまうのね」
「そう、その先はなにもない、まっ暗闇」
「さみしいわね」
「ああ、さみしい。子どもというのは、いのちにとっての希望なのかもしれない。だけど・・・。洋介は、おれたちのさみしさを打ち消すためにいるわけじゃない」
「洋介は洋介。タニンということね」
「エッ!・・・」
(過激ダナア)
「きのうの夜、洋介がぼそっと言ったのよ。ぼくとお母さんはタニンだよねって」

「・・・親をタニンと思うことで、子どもは大きくなっていくんだろうけど、子をタニンと思うことで、親も大きくなっていくんじゃないか」
(デモ、洋介ト、一心同体デ、アリタイト、思ッテイル自分モイルンダヨナ・・・)
(確かにそうかもしれないけれど・・・)
「ひと味ちがうタニン、そんなんだったらいいわね、親子が」
「そういえば・・・。ほら、あれ、おぼえているかな、あのアルバム」
「アルバム?」
「そう、いちばん最初の」
「洋介の? ヒヨコの絵の?」
「生まれたての洋介の写真をはって、表紙の裏の、親からの一言という欄に書いたこと。おれは、世界は広いぞなんて、わけのわからないことを書いたけど、ほら、きみは」
「忘れないでほしい、って書いたんだったわ」
「自分の意志だって」
「自分の意志で生まれてきたんだということを忘れないでほしい。私たちはいっしょうけんめい育てるけどって。いま思えば、ずいぶん大げさなことを書いたっていう感じだけど、でもあのときは・・・」
(洋介が生まれるまで、二日間、病院のベッドで、苦しみつづけて・・・)
「苦しくて死んじゃうんじゃないかって」
(アノトキ、チョウド、オレハ、コッチニイテ、キミノ背中ヲ、サスリツヅケタ。キミガ死ンジャッテ、オレト洋介デ、暮ラシテイクコトニ、ナルンジャナイカッテ、本気デ考エタ)
「予定日より一ヶ月も早いお産だったから。それでもあんまり時間が長くかかるんで、だいじょうぶですかって、思わず先生に聞いちゃったわよ。でも先生は何も言ってくれないの。
 なんとか無事に産まれてきてほしいと願ったわ。お腹の洋介にも声をかけて、あんたも生まれるために努力しなさいって」
(泣キ声ガ、聞コエタトキハ、ヒザガ、ガクガクシテ、ドウシヨウモナク、涙ガ出タ)
「後で先生が、難産でしたね、と教えてくれたけれど・・・。一人の人間が産まれるっていうのは、自然なことじゃないと思った・・・」
(そのときは、ううん、重いお腹を抱えているときから、ちゃんと別の人間、タニンだとわかっていた。それなのに・・・。
 あれは洋介が産まれて半年ぐらいのことだったかしら。明るいうちに洋介をお風呂に入れて、後片付けをしているあいだ、目を離しても危なくないように歩行器に入れておいた。
 キャッキャッという笑い声がしてふり向くと、その時、たまたま遊びに来ていた従兄が洋介をかまっていた。
 従兄はそのとき五歳ぐらいだったろうか。面白い顔をして歩行器のまわりを跳びはねていた。その子の後を追って、洋介も歩行器ごとぐるぐる回って・・・。
 そんな楽しそうな笑い声、初めて聞いた。ショックだった。私といるときは、そんな声、たてないじゃないなんて、裏切られた気がして、それで気づいた。
 後から知ったことだけれど、産まれたばかりの子供は自分ではなにもできないから、母親に、あなたがいなければ生きていけない、とテレパシーを送るという。いつのまにか私もその呪文にかかって、自分が一番だと思い込み、子どもと自分を重ねあわせていたのだ。
 それからは、気をつけるようにしてきたつもりだった。でもこれからは、そのタニンだけじゃ足りないのよね・・・)
「?・・・」

「それでどこにいたんだ」
(オレニハ、ワカッテイルヨウナ気ガ・・・)
「探しつかれちゃって」
(道ハ、ソコニ向カッテ、円ヲ描イテイタ)
「日影でひと休みしようと思ったの」
(ロケットノヨウナ木)
「イチョウが目に入って」
(ジンジャ・・・)
「なんのことはない、神社にいたのよ」
「やっぱり」
「え?」
「やっぱりって」
「なんで?」
「洋介をさがして、おれも神社に行ったからさ。だけどそこにいたのは、カッちゃんに、カコちやんに、ジョーちゃんに、ハーちゃん・・・。子どものころいっしょに遊んだ友達だった。いつのまにかおれも、国ちゃんなんてよばれて。夢だけどね」
(なんなの、それ)
「とにかくよかったと思ってほっとしたけれど、聞いてもなにもいわないのよ、何をしていたのか。
 なんで学校にいかなかったのかしら。
 岡本先生の話で、今、思い出したことがあるんだけど、作文、あなたについての、お父さんについての、書けなかったんですって。ぼくのお父さんは、としか書けなかったみたい。何回も消して、何回も書き直して、それでもだめで宿題にしたんですって」
「・・・」
「雨やむかしら。明日は休めるんでしょ?」
「ああ」
「洋介とどこかへ遊びに行ってみたら」
「いっしょに行くんだろ?」
「私はパス。いい機会じゃない。ね?」
「う、うん」

06/13/2016


閲読数:[ 539 ]    コメント:[ 0 ] ※クリックでコメントフォームへ