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ギョーダンノギシ(6) 文: 佐山 ゆうき 作者にメールを送ります
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          (第六回/全九回)
        
      (6)前半からの続き

「洋ちゃん、なんで逃げてるの?」
 洋介の耳のすぐそばで、とつぜん声がしました。それは、本当にとつぜんのことだったので、洋介は不思議に思う間もなく答えていました。
「追いかけてくるんだよ」
 空はいぜんとして赤いトカゲで埋め尽くされています。砂漠はまっ黒な影でおおわれ、トカゲの群れが、羽ばたきしてざわざわとゆれると、そのすきまから、光が、槍のようにまっすぐ地面をつき刺します。
 洋介はどこへというあてもなく走りつづけていました。
「なにが追いかけてくるのさ」
 耳元で、まただれかが話しかけてきました。洋介は、右の手になにかをにぎっているのに気づきました。手だ。ぼくはだれかと手をつないでいる。手は、洋介の手と同じように、汗をかいていました。
 洋介は顔をあげました。黒い顔がこっちを見ています。そのとき光の槍が、頭の上からふってきて、その顔を照らしました。
「コーちゃん!」
 洋介は思わず急ブレーキをかけました。
 なんでコーちゃんがここにいるの? 洋介はたずねようかと思いましたが、やめることにしました。こういちは、とてもやさしい顔をしていて、こういうこういちなら、ここにいてもいいと思ったのです。
「洋ちゃん、逃げることないよ」
「そんなこといったって、ほら、空にあんなにトカゲが・・・」
 トカゲは羽ばたきの音を強くして、いまにも洋介めがけて舞い下りてきそうです。
 と、こういちが、ぽつんと変なことを言いました。
「あれはウソだよ」
「ウソ? ウソじゃない。トカゲはいるよ。ぼくたちに毒のとげを刺そうとしているよ」
「だからあのトカゲはウソなんだってば」
 洋介は驚きました。
「ぜんぶウソだったんだ。マダガスカルのことも、父ちゃんのことも」
「ウソだ。ぜったいウソじゃないよ」
「そう、ぜんぶがウソだってわけじゃない。ああいうウソを考え出したということは本当さ。ぼくの父ちゃんはいない。夢のなかにいるんだ」
 こういちはつぶやきました。
 洋介はたまらなくかなしくなって、声をはりあげ泣いていました。
「コーちゃんのお父さんが夢のなかにいるなら、ぼくのお父さんも夢のなかだ。コーちゃんにお父さんがいないんなら、ぼくのお父さんも、きっといないんだよ」
「そんなことないよ、洋ちゃん。きみの父ちゃんなら、ほら、あそこに」
 こういちがそう言ったとき、ほんとうにドスンという感じで光がふってきました。洋介はこういちが指さすほうを見ました。びっしりとトカゲにおおわれた空に穴があいています。トカゲの群れのなかに突撃して、だれかがあばれていました。
「あれ、洋ちゃんの父ちゃんだよ」
 それはたしかに男の人のようでした。体じゅうをトカゲにかみつかれながら、それでもまだ手足をふりまわして戦っています。
 ぼくらを助けようとしているんだろうか。洋介は、いつのまにか、心のなかで声援をおくっていました。毒がまわって落ちてしまわないか心配になりました。血がかけめぐって、体じゅうが熱くなりました。でも、やっぱりあれは、ぼくのお父さんじゃないと思ったのでした。
「コーちゃん、あれはぼくのお父さんじゃないと思うよ」
「なんで?」
 こういちはどこかへ消えてしまい、声だけ聞こえてきました。
「だって、今ぼくは、心臓が飛び出しそうなくらいドキドキしているけど、お父さんのことを考えて、こんな気持ちになったことはないからさ」
 空では男の人が、目でもつつかれたのでしょうか、バランスをくずし、ぐるぐると回転しはじめました。

 お父さんはロケットのほうへ、ゆっくりおりていきました。
 目の前を、ロケットの胴体が、ぬーとせり上がってきます。ロケットなので、表面はツルツルのはずですが、よく見ると、そこらじゅうにぶつぶつが吹き出ています。それはどう見ても、まちがいなく木の芽でした。
 お父さんがそのことに気づいたとたん、木の芽は、内側からもり上がるようにして、ふくらみはじめました。みるみるうちに太い枝になり、そこから細い枝をいっきにひろげ、たくさんの葉をつけて・・・。葉は風に揺れ、波のような音をたてています。
 この木は・・・イチョウ・・・。こんなに大きなイチョウは・・・。お父さんはあっけにとられたまま、イチョウの木にそって、ゆらゆらとおりていきました。からまりあった枝のところどころに、模型飛行機や凧がひっかかっています。
 そういえば・・・、台風のあと、イチョウの木の下へ行くと、鳥のひなや、枝にひっかかったままになっていたボールなんかが落ちていて・・・、というようなことを、どこかでだれかに話したような・・・。
 下のほうで子どもたちの声がして、遊んでいる姿が見えてきました。
「神社だ」
 鳥居から本殿までの石畳の参道の上で、子どもたちがジャンケンで前に跳ぶ遊びをしています。
 お父さんはふわふわと浮かんで、右手でグーを突き出している男の子の顔の前で止まりました。天然パーマの髪の毛がもつれあって、頭に鳥の巣を乗せたみたいになっています。はちきれそうな顔の真ん中には大きな鼻があぐらをかいて・・・、めくれあがった口びる、赤いぶつぶつのあるほっぺ・・・。なーんだカッちゃん。私のメンコをもっていったカッちゃんじゃないか。
 ハッハッハッ。お父さんは笑いださずにはいられませんでした。メンコを出しあって、二人でメンコの会社をつくろうなんて言っちゃってさ。フッフッフッ、わたしが返してって言ったら、メンコをあずかったおぼえなんてないだって、ハッハッハッ。
 あーっ、あっちにいるのはカコちゃんだ。おばあさんのタバコをぬすんでは、スパスパやって、鼻の穴から煙を出せるっていばってた。
 コーちゃんもいる。コーちゃんが作ったゴム動力の模型飛行機は、原っぱをつっきって、どこまでも飛んでいった・・・。
 腹話術の人形みたいな顔をしたハーちゃんも。タケシちゃんにフランキー。
 お父さんは一人ひとりの顔の前を、横にすべっていきました。子どもたちはだれも気づかず、ジャンケンの腕をめいめい突き上げています。
 おかぐら堂の舞台や、コイのいる池をながめたあと、お父さんはふわっと鳥居の上に腰かけました。参道が駅のほうまで続いていて、両側には、板の壁に茶色のペンキをぬった家が、何軒も並んで店をかまえています。でもその後ろは空地で、ぼうぼうと草のはえた原っぱがひろがっていました。
 お父さんは鳥居の上で体をまわし、今度は左側の家並みに目をやりました。
 草に半分、埋まっているように見えるのがシーちゃんち。そのとなりが旅回りの役者のトンコんち。二階の窓から顔を出して、いつも天気予報をさけんでいたノーちゃん。おまわりさんにつれていかれたマーちゃんのお母さん。
 うちへ帰ろう。お父さんはぬかるんだせまい道を、泳ぐように歩いていきました。
「国ちゃん、そんなところでなにをしているんだい」
 声をかけられたのは靴屋の前でした。靴屋といっても、ハーちゃんの家の軒下をかりて、靴の修理をしている靴屋さんで、よびとめたのはターさん、その靴屋の主人でした。
「チョコレートをどうもありがとう」
 お父さんはターさんの顔を見ると、すぐにお礼を言いました。フランキーとけんかをして、一人泣きながら歩いているとき、パチンコの景品のチョコレートをもらったことがあったのです。
「かくれんぼかい?」
「いなくなっちゃったんです」
「だれが」
「洋介です」
「洋介って?」
「私の子どもです」
「子ども? 子どもはきみだよ」
「いいえ、私は父です」
「父? お父さんならあそこさ」
「ちがうんです。あれは私の父です。つまり、父の父です。それにしても、空なんか飛んだりして、私はいったい何をしているのでしょうか」
「お父さんはきみをさがしているんじゃないのかい。お父さんごっこなんてやめて、早く家に帰ったほうがいいよ」
 ターさんはうしろを振り返り、なにかをつかんで、お父さんの顔の前にさしだしました。
「きみがお父さんだなんて・・・、ほら、よくみてごらん」
 それはひびのはいった丸い手鏡でした。手鏡の中には子どもの顔があり、こっちを見ています。お父さんはその子の名前をよびました。

 洋介は丸いほら穴の入口に立って、中をのぞいています。空飛ぶ人がなんとか体勢をたてなおし、着陸しようとしたとき、洋介はすぐに、その人がほら穴に帰るところを思い浮かべました。するとつぎの瞬間、目の前にそのほら穴が現れ、丸い暗やみが口を開けていました。
 ほら穴のなかに目をこらしても、なにも見えません。耳をつっこんでも、なにも聞こえてきません。ただ、奥のほうからすこしだけ、あたたかな空気が流れてきて、洋介はそのなかから、ある匂いをかぎわけていました。それはお父さんの匂いでした。
 お父さんがいる・・・。洋介は、ほら穴の向こう側に向かって「お」と声を出して、お父さんをよぼうとしました。話したいことがあふれて、洪水をおこしそうです。
 だけど、お父さんの顔が目の前に現れたら、きちんと話すことができるでしょうか。それに、わざわざお父さんをおこすほどの話なのでしょうか。眠そうに目をこすっているお父さんに、ギョーダンノギシでトカゲとコーちゃんと雨がふってて潜水艦・・・。わけのわからないことをまくしたてる自分がこわくて、洋介はお父さんをよぶのをやめ、「おか」と、お母さんをよぼうとしました。
 でも、お父さんが空を飛んで、トカゲにつつかれて、ふとんはほら穴・・・、やっぱりわかるはずがありません。
「お」
 とうさんでもなく・・・、
「おか」
 あさんでもなく・・・、
「おかも」
 と先生でもなく・・・。
 けっきょく、洋介の気持ちは、だれに話しても暗号のようで、わかってもらえないかもしれません。
 話すことをあきらめてしまおうか、と思いました。でもそれでは、トカゲのいる砂漠に、ずっととじこめられたままになってしまいます。なぜそうなるのかはわかりませんが、胸のなかのことを、きちんと言葉で説明することが、ほら穴に入っていくための呪文だと、前から決められていたような気がするのです。
 自分はなにを言いたいのか、なにを聞いてほしいのか、早くまとめないと・・・。
 最初の出だしはわかっているような気がします。ぼ・く・の・お・父・さ・ん・は、にちがいありません。洋介は呪文の頭をとなえました。
 ぼ・く・の・お・父・さ・ん・は・・・。
 だけどやっぱりだめです。頭のなかは、ジグソーパズルみたいにばらばらで、あせればせるほど、めちゃくちゃな言葉が出てきてしまうのです。牙がつき出し炎の顔が笑って、ぼくはさみしくないけどさみしいから銀の箱の宇宙人・・・。

 お父さんは鏡に向かって、もう一度その子の名前をよびました。
「洋介」
「洋介!」
「洋介!!」
「洋介・・・」
「洋介ってば」
「洋介ったら」
「洋介!」
「洋介っていってるのに」
「洋介!!」
「おきないと遅刻するわよ。どうしたの、お父さんのふとんなんかに入っちゃって」
           

05/23/2016


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