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ギョーダンノギシ(5) 文: 佐山 ゆうき 作者にメールを送ります
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       (六)
           (第五回/全九回)

 眠っているようで眠っていない、長い夜がいつまでも続きました。からだは力が抜けて眠りの底に沈み、顔はとっぷりと眠りの蜜につかっているのですが、頭のまん中に小さな火が燃えていて、そこがみょうに騒がしいのです。火がちろちろとゆれるたびに、いろんな絵が現れては消え、あとからいろいろな音が、追いかけるようにわきあがってきました。

 そんな夜が、やっとあけようとしています。
 洋介は枕から顔を上げ、となりに寝ているお母さんを見ました。そのむこうのお父さんのふとんは、きょうはぺちゃんこで、ほら穴はできていませんでした。
 お母さんが目をさましました。
「どうしたの?」
 目だけふとんから出し、お母さんはくぐもった声で言いました。
「お父さんは?」
 洋介の声もすこしかすれています。
「なんで?」
 お母さんは、こんどはふとんから口を出してたずねました。
「お父さんは?」
 洋介は繰返しました。
「きのうは帰ってこなかったの。だけど、急に、どうしちゃったの? お父さんは? だなんて。
 変ねェ。きのうはお父さんが、おまえの夢をみたって騒ぎはじめるし」
「・・・」
「いいからもう少し寝てなさい。まだ五時よ」
 部屋は静かになりました。
 洋介はしばらくじっとしていましたが、そおっとふとんを抜け出すと、お母さんの枕元を通って、むこうがわのお父さんのふとんのなかへもぐりこみました。なぜそんなことをしたのか、自分にもよくわかりません。
 ふとんの暗やみのなかに、洋介はほんの少しだけ、お父さんの匂いを見つけました。ここがお父さんのほら穴。洋介は穴のもっと奥にすべりこんでいけるように、両足をそろえ、両手を体の横につけ、クギの姿勢をとりました。
 今日が始まれば、いやなことがいっぺんにおこる。洋介はクギのかっこうのまま、目をぎゅっとつぶって、朝と反対の方向へ、ほら穴の奥へ奥へと逃げました。
 宿題から逃げ、こういちから逃げ、銀の箱から逃げ、なにからにげているのかわからなくなるくらい逃げたとき、洋介は自分のからだがぬれていることに気づきました。ほら穴の天井から落ちてくるしずくが、体にあたったのかと思いましたが、それは汗だとすぐわかりました。クギだった洋介は、いつのまにかバネになって、走っていたのです。
 ほら穴がいつ終わったのか、どこに出口があったのか、気づくと洋介は、あふれる光のなかにいました。まぶしすぎて、目を開いているのかどうかもわからないほどです。でも、ここが砂漠みたいに広いところだということはわかりました。
 洋介は顔を上げました。ここが砂漠なら、目の高さに地平線がのびているはずです。
 地平線はたしかに見えました。だけどそれは、思っていたのとすこしちがっています。電波のようにでこぼこしているのです。
 洋介の目は、望遠鏡のようになって、ゆっくり地平線をなぞっていきました。そのあいだ中、口がぶつぶつと動いて、同じ言葉を繰り返していました。
「まさか! まさか・・・」
 ついにがまんしきれなくなって、洋介はありったけの声で叫びました。
「まさか!」

 お父さんの夢は、山のなかから始まりました。
 きっちり三角形の山がそびえています。山は枯れた木や、倒れた木でおおわれています。頂上は、お父さんの目の高さにあり、お父さんの目の前を雲が流れていきます。お父さんは、高いやぐらのうえに立っていました。
 風が吹いても、山にはそれにこたえる草も葉もありません。なにもかもあきらめたというように、じっと茶色の姿をさらしています。
 山のふもとに、思いがけず、動くものがありました。やぐらの上からでは、それは小さな点にしか見えませんでしたが、不思議なことに、それが人間で、しかも子どもであることが、お父さんにはわかっていました。その動く点に気づくと同時に、お父さんの頭のなかにはテレビの画面が現れ、あるはずのない道と、いるはずのない子どもの姿を映し出しました。画面は子どもの姿を大写しにし、顔に光る汗や、ハアハアという息の音まで伝えてきます。
 お父さんは大声を出さずにはいられませんでした。
「そっちへ行ってはいけない!」
 しぼり出すように声を張り上げたとき、お父さんの足はすでに床をけり、やぐらの手すりを乗り越えていました。
 お父さんは、足のさきから、はるか下の地面に向かって、まっすぐに落ちていきました。おなかのなかを冷たい風が吹きぬけ、背骨がぬきとられていくようです。
 早く、早く追いかけなければ行ってしまう。だけど、いつまでたっても、足は地面に着きません。お父さんは空中を走りました。山がくずれる、くずれてしまう。その山は病気なんだ、洋介! 

 それは、まさか、としか言いようのない光景でした。遠くの地平線から、すぐ近くの足元まで、地面はすべて、大小さまざまな箱でおおわれていたのです。
 目がくらむようなまぶしさは、銀色の箱の表面に、光があたっているせいでした。
 そんなこと、あるわけない。洋介は思わず走り出していました。
 箱をけちらしているので音がするはずなのですが、あたりは、耳をふさいでいるのではないかと思うくらい静かです。いくら走っても、箱で埋め尽くされた風景は、変わりませんでした。
 突然、すべての箱の表面が、それまでとはちがう感じで光りました。そして身震いするように動くと、いっせいに、その光が消えました。
 気づくと、見わたすかぎりのすべての箱のふたが、ひとつのこらず開いていました。そこから何が出てくるのか、順番からいって、あれであるにちがいありません。洋介の足はさらに回転の速度を速めました。
 金属をひっかく爪の音、シュー、シューという鳴き声、羽ばたき・・・。
 顔を上げると、空はすでに、無数のトカゲでおおわれ、まっ赤になっていたのです。

 だめだ洋介! お父さんはまだ地面に着いていません。両足で風をけって、空中を走っています。
 左のほほをつねると左に曲がり、右のほほをつねると右に曲がる、空中を走るときは、どうやらそうしなければならないようです。だからお父さんは、両方のほっぺたを思いっきり引っぱって、まっすぐ走ろうとしました。
 いつのまにか、足下に、銀色の砂漠がひろがっていました。お父さんはうしろをふりかえりました。山はもう見えません。
 砂漠は目をあけていられないくらい、まぶしく光っていました。洋介を追ってたどってきた道が、ずっとむこうまで続いています。道はそこだけ赤土がむきだしになり、赤い一本の線になってのびています。それはどこか傷に似ていました。子どものころ神社の石段から落ちてつくった傷が、左ひざにあるのですが、それが知らないあいだに大きくなり続け、三十年たってこんなところまでのびてきた、そんなふうに思えました。
 なにもない風景です。丸い地平線。黒く見えるくらい青い空。ここで動いているものといったら、お父さんと、ひとかたまりの雲だけです。
 雲? そう、赤い道が地平線のむこうに消えるあたりに、うす紫色の雲が浮かんでいました。その雲が形を変えながらこちらに近づいてきます。
 ずっと遠くにあった雲が、すぐ目の前まで迫ってきました。お父さんは、右のほっぺたを引っぱって、雲をよけようとしました。すると、その雲がいきなり叫び声をあげました。雲ははじのほうからどんどん、鳥に形を変えていったのです。
 お父さんの顔や体に、つぎつぎに鳥がぶつかってきました。あごの下の袋をふくらませたペリカンの顔が、ぬっとつきだしてきたかと思うとすぐむこうへいって、つぎにアジサシのとがったくちばしが、目の前をかすめていきます。なん羽ものベニスズメが、お父さんの頭の上で羽を休め、ふんをしていきました。キツツキがおしりをつつきます。アホウドリやウミネコや、カワセミやカモメが、手や足やおなかや耳にかみつきます。
 お父さんは鳥の渦のなかにのみこまれていました。鳥をはらいのけようとして、両方の手をふりまわしあばれましたが、その姿は、海でおぼれている人のようでした。
 体がバランスをくずし、ぐるぐる回転しはじめているのを感じながら、お父さんは、必死になって、自分のほっぺたをつかもうとしました。でもうまくいきません。あせればあせるほど、手はけんとうちがいな動きをして、髪の毛をつかんだり、鼻の穴に指をつっこんだりします。
 やっとのことでほっぺたをつかんで、体の向きを元通りにした時には、もう、鳥は一羽もいなくなっていました。空にはお父さんだけが、ぽつりと浮かんでいたのです。
 鳥の襲撃があまりにすごかったので、急に静かになると、全身の力がぬけて、いまいる場所も、なにをしようとしていたのかも、思い出せなくなっていました。
 ここはどこだ? わたしはだれ?
 お父さんはまわりを見渡し、足もとに赤い道をみつけました。ここは砂漠、わたしは父、そしてわたしは自分の子どもをさがしていたんだった。
 左のほっぺたを引っぱって、体を道の上にもっていきました。あとは、両方のほっぺたの引っぱりぐあいを調節しながら、まっすぐ走ればいい。先を急ぐことだけを考え、お父さんはせいいっぱいの力で足を回転させました。
 しばらくたって、下を見ると、いつのまにか道は、おおきく左のほうにずれていました。お父さんはあわてて左のほっぺたを引っぱり、道の上にもどりました。
 まっすぐ前をむいて走っているつもりなのに、気づくと、やっぱり、道からそれています。さっき、鳥の渦にまきこまれたことで、まだ目が回っているのだろうかと思い、もういちど道の上に出ましたが、やはり同じで、道は左のほうに逃げていきます。どうやら原因はお父さんではなく、道のほうが曲がっているようでした。
 はずれてはもどり、はずれてはもどりを、何度もくりかえすうち、道がそれていく角度は、だんだん急になっていきました。自分が円を描いていると気づくのに、それほど時間はかかりませんでした。下を見ると、道は内側にいくつもの道を抱え、渦巻きのようになっています。その中心に、なにか背の高いものが立っていて、夕日をうけて、長い影を地面に落としていました。
 お父さんは渦をたどりながら、中心にむかって、ゆっくりとおりていきました。道の終わりに、によっきりと立つものの姿がだんだん大きくなってきます。かなりの太さです。先がとんがっています。それが足のすぐ下にくるまでのあいだ、お父さんは何度も、もしかしたらと考え、まさか、とそれを打ち消しましたが、それは、まちがいなく巨大なロケットでした。
         
(6)後半に続く     

05/09/2016


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