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ギョーダンノギシ(3) 文: 佐山 ゆうき 作者にメールを送ります
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       (四)
         (第三回/全九回)

 教室からとび出した子どもたちが、校門から四方に散っていきました。しばらくして、やっと洋介は教室を出ました。
「もの思いにふけっています」という重い看板を背負って、背中が丸まっていました。目には「もの思いのサングラス」をかけ、まわりのものはなにも見えていません。
 頭のなかで渦をまいているのは、お父さんのことです。いえ、お父さんのことというより、自分のことといったほうが正しいかもしれません。
 ばかだ。なんであんなことを言ってしまったんだろう。言わなければ笑われることもなかったのに。
 洋介は足元の石を思いきりけりました。つまさきにすごい痛みがつきささり、石は坂道をころがって、洋介が、あっと思ったときには、前を行く男の人の足にあたっていました。
「すみません!」
 洋介はあわてて声をはりあげましたが、男の人は足を止めることなく、そのまま角を曲がって姿を消しました。
 肩をおとし洋介は再び歩き始めました。坂をおりて左側に曲がると神社があります。うっそうと繁った木々の上から、大きな社の屋根が見え、さらにそこから、イチョウの巨木がロケットのように天をついて伸びています。そういえば、この神社だけは、お父さんの子どものころと、ほとんど変わっていないそうです。
「駅のほうにのびる参道には、高いビルや、きれいな店がたくさんできたけど、境内と、このイチョウだけは、子どものときのまんまだ。台風のあとなんか、鳥のひなや、枝にひっかかったままになっていたボールや模型飛行機が地面におちていて、朝早く行ってはひろい集めたもんだ。水のひあがった海の底を歩いて、沈没船の宝物をひろい集めているような不思議な気分だった・・・」
 ずっとずっとまえ、神社のお祭りのときだったか、洋介を肩車したお父さんが、おなかの下から、そんなことを話してくれました。
 洋介は神社の裏にまわりました。駅のほうとはちがい、こっちはごみごみとした商店街で、ほそい道の両側に小さな店が並んでいます。にぎやかな呼び声と、色とりどりの品物のあいだをぬうようにして、洋介は歩いていきました。
 しばらくいくと、表の戸をしめきった、暗く疲れたような家のならぶ通りに出ます。夜になると明るい電気のつくお酒のお店で、道はその奥で行き止まりになっていますが、洋介は鉄条網のすきまをくぐり、向こう側へ入っていきました。
 洋介の目の前には、一面の草はらが広がっていました。昔は神社からこっちはずっと原っぱだったらしいのですが、今、残っているのは、線路ぞいのここだけです。町なかのサンゴショウのようなこの原っぱを通って、反対側にぬけるのが、家へ帰る近道でした。
 洋介はひざたけぐらいの草むらを、足で切るように進んでいきました。踏みならした道があるのに、わざわざ草のなかに入り込んだのは、ザッザッという音で、重い足取りに、少しでもリズムをつけようとしたのかもしれません。
 緑色の波がつぎつぎに寄せてきます。電車の音が海鳴りのように響きます。まっ青な空の下、洋介はほんとうに漂流しているようでした。
 原っぱのまんなかまで来たとき、草をける音にまじって、人の声が聞こえたように思いました。でも何を言っているのか、知ろうとするパワーも、今の洋介には残っていませんでした。
 そのまま通り過ぎようとしたとき、もう一度その声がくり返されました。
 洋介の足が止まりました。耳に飛び込んできた声のなかにふくまれている、意味のわからない音が洋介を立ち止まらせたのでした。
「マダギシカルだぜ」
 洋介は声がした右のほう、ななめ後ろをふり返りました。十人ぐらいの子どもたちが、糸みみずのようにかたまってうごめいています。
「マダギシカルでつかまえてきたんだ」
 その声の主は、なにかを持っているのでしょう、手のあいだから銀色の光を反射させていました。
 こっちに背を向けて立っているのは上級生のようです。体の大きな男の子が四人、こうたろうの横顔も見えました。ということは、弟のこういちもいるはずです。かん高いあの声は、こういちだったと気づきました。
 ひき返したほうがいいという考えが、すぐに頭をよぎりました。でも足は、思いとは反対に、その輪に引き寄せられていきました。
「海のどまんなかにある島なんだぞ、マダギシカルってのは」
 上級生のすきまから、こういちの顔が見えました。こういちの前には、同じクラスの、まさるとひでとしがいます。その両側にいるのは、となりのクラスの、やすひろと、むねまさと、じゅんぺいです。五人は五人とも、こういちが持っているものに目をくぎずけにされて、おしりをうしろに引くようなかっこうで立っていました。
 洋介は、こういちの手のなかのものをたしかめようとして、輪の中をのぞきこみました。どうやら箱のようです。表面の模様までは見えませんでしたが、金属でできた箱だということはわかりました。
 こういちがまた口を開きました。
「マダギシカルはなあ、海のまんなかにあるんだぞ」
 前にいるまさるが言い返しました。
「それは、さっき聞いたよ」
 するとこんどは、こういちの兄のこうたろうが、こういちのうしろから、声を飛ばしてきました。
「ギシじゃねェ、ガスだろうが。マダガスカルだって言ってんだろうが」
「そうさ、マダガスカルだぞ。きまってんじゃん。なあ、兄ちゃん」
 こういちは自分のまちがいには知らんふりをして、みんなとこうたろうのほうをかわるがわる見ながら言いました。
 さっきこういちの声を聞いたとき浮かんだこと・・・。
 ひょっとしたら、そこはあそこの近くかもしれない。ガギグゲゴとダヂヅデドがぶつかり合う音が似ている。きっと同じ国の人がつけた名前だからで、だとしたらそれは、あれがほんとうだったという証拠になるのじゃないか。あそこも海のまんなかの島なのかもしれない。
「これはなあ、マダガスカルでつかまえてきたん・・・」
 そこまでこういちが言うと、ひでとしが小さな体を伸び上がらせて、なにか言おうとしました。こういちは、あわてて次の言葉をひでとしの頭におっかぶせました。
「・・・だっていうところまでは話してやったんだよな。だからおまえたちは、つぎにだれがつかまえてきたかっていうことを、聞かせてほしいんだろ」
「ちがうよ」
 じゅんぺいが言いました。
「それよりか、何をつかまえてきたかのほうが大切だよ」
「何をって、おまえ知らねえのか。トカゲに決まってるじゃねえかよ。なあ兄ちゃん」
 こういちはそう言うと、やすひろから順に、銀の箱をつきつけるようにしていきました。みんなは顔をうしろにのけぞらせて、いまにも逃げ出しそうなかっこうで見つめています。
「このトカゲはなあ、まっ赤な色をしててなあ、体じゅうにトゲがはえているんだぞ。
 それで、口はおなかのへんまでさけていて、目なんか金色に光っているんだ。どんな動物でも殺せるくらいの、すごい毒をもっているんだからな」
 まさるたちはみんな、真剣な顔をして話を聞いています。むねまさなんか、小さなひでとしのうしろにかくれ、モルモットのような顔だけのぞかせています。
 こういちは、みんながびっくりしているのをたしかめたあと、一度こうたろうのほうを見て、それからまた話をつづけました。
「じゃあつぎに、だれがこのトカゲをつかまえたか教えてやる。だれだと思う」
 こういちが問題を出しました。けれど、すぐそれに答えたのは、同じく、とくいそうな顔をしたこういちでした。
「おれの父ちゃんさ」
「じゃあ、コーちゃんの父さんは、マダガスカルに行ったんだ」
 まさるがかんしんしたように言いました。
「そうさ。おれの父ちゃんはあれなんだ。船乗りだっけ、兄ちゃん。船乗りなんだぞ。おれが生まれる何年も前に、父ちゃんは海に出て行ったんだ。ところが赤道を越えてから十日目に、急に天気がくずれだし、ものすごい嵐がやってきた。すげえ嵐だ。船が沈みそうになったんで、ボートで逃げたけど、大きな波がきて、わー、海にのみこまれた。気がつくと、父ちゃんは砂浜にたおれていたではありませんか。そこがマダガスカルよ」
 こういちは、ここまでまちがいがないかどうかたしかめるように、こうたろうのほうをふりむきました。
「無人島だ。父ちゃんはナイフ一本で家もたてたし、食べ物だってぜんぶ自分で作った。おれの父ちゃんはたいした男だ。ある日のことだ。海岸のほうで音がするので、ジャングルのかげからそっとのぞいてみると、なんと、人食い人種がいっぱいいるではありませんか。だれかを食べちゃおうとしているではありませんか。父ちゃんはたいへんだと思ったではありませんか。それでそいつを助けてやったんだ。そいつには、なんとかっていう英語の名前をつけてやって、二人で仲良くくらしたんだとさ。おわりだ」
 洋介は、こういちのお父さんの顔や姿を、はっきり思い浮かべることができました。なぜなら、いまこういちが話したのとそっくり同じ内容の絵本を、いぜんお母さんに読んでもらったことがあったからです。あれはなんていったっけ。
「そうだったのか」
 だまりこんでいた子どもたちのなかから、小さなのろしのように、ひでとしの声がひょろひょろあがりました。
「だからコーちゃんのパパは、いつも家にいなかったんだ」
「そうだよね。コーちゃんのお父さん、見たことないもんな。それでいつ帰ってきたの」
 そう言ったのは、こういちの家のとなりに住んでいるまさるです。
「帰ってきたってだれが言った。まだ話は終わっちゃいないんだ。最後までよく聞け、このバカ。あるとき、だよな兄ちゃん。父ちゃんはジャングルをぬけて、うしろの山に登っていったんだ。ものすごくとんがった山だ。てっぺんで父ちゃんたちは弁当を食べた。するとそのときだ。まっ赤なトカゲが前を横ぎった。あんまりめずらしいやつだったから、父ちゃんはつかまえた。おれや兄ちゃんに見せて、びっくりさせてやろうと思ったんだ。だけど、そいつをカンに入れようとしたとき、父ちゃんはトカゲに刺された。それですごい熱が出て動けなくなっちゃったんだ。だから父ちゃんは帰ってきていない。これをもってきたのは、父ちゃんが助けてやった、英語の名前のおじさんだ」
 こういちの話が終わろうとしたときです。原っぱに電車が近づいてきました。だれかが無理に踏み切りを渡ろうとしたのかもしれません、なんどもなんども警笛が鳴りました。
 みんなはいっせいに、踏み切りのほうへ顔の向きをかえました。しかしこういちの顔だけは、踏み切りにたどりつく前にぴたっと止まり、そのまま動かなくなりました。
 ねらいをつけた弓矢のように、こういちの目が洋介の目を見つめています。みんなの顔がもとにもどったとき、その目はうれしそうに笑い、最初にどの言葉を発射しようか楽しんでいるかのように光りました。
 洋介のなかでなにかがふるえました。こういちがぜったいあれを言ってくる。あのことも、言ってくるにちがいない。そうしたらどうしよう。こんなにおおぜいいるところで、着がえの術がつかえるだろうか。
「火星人じゃねぇか」
 やっぱりだ。
「こいつのせいだ。おい、みんな、兄ちゃんもさ、こいつのせいなんだぜ」
 みんなはいっせいに、こういちが指さすほうを見ました。
「なんだ、洋ちゃんじゃないか。火星人なんて、いうからびっくりしちゃったよ」
 そう言ったのはじゅんぺいです。
「おまえ知らないのか。こいつは火星人なんだぞ。おれが映画を見てたらな、UFOのなかからこいつが・・・。ま、それはいいか。だけど、おれがさっきまちがえたのはさ、ほんとうにこいつのせいなんだ。マダギシカルなんて言っちゃったのはさ」
 こんどは反対のほうから、電車の音が響いてきました。洋介には、その音が線路からはずれて、自分の頭をつきぬけていくように感じられました。
「笑っちゃうんだぜ、兄ちゃん。こいつの父ちゃんは、ギョーダンノギシなんてとこに行ってんだってさ。だけどこいつには、それがどこだかわかんない。わかりませーん、だってさ。だからおれは言ったんだよ、それはジョーダンノギシだろうってね」
 こういちの笑い声が、すぐそばで聞こえました。洋介は上級生に押されるようにして、いつのまにか、輪のまんなかに立っていました。
(ソレイジョウ、言ッタラ、ヤッツケテ、ヤルカラナ)
「父ちゃんのことを知らない子供なんているかよなあ。もし父ちゃんがそばにいてくれたら、おれだったら野球したり、プロレスしたり、いっしょに海にも行きてぇなあ。おい、洋介、おまえは本当の子どもじゃないんじゃないのか」
(ヤメロー、ヤメナイト、ナグッテヤルゾ)
「おまえさっきからおれの話を聞いてたんだろ。どうだ、すげぇだろ。おれの父ちゃんはなあ、おまえの父ちゃんみたいに、どこの馬の骨かわからないようなところに行ってんじゃないんだぞ。なんていったって、マダガスカルだかんな」
 洋介は腕にギリギリと力を入れ、こういちをにらみつけました。でもけんかになったらどうなるかわかっています。
 行き場をなくした力は、胴体に逆流し、足をふるわせ、顔へかけのぼって・・・。
「うそだ!」
 洋介は力いっぱい叫んでいました。
 洋介には自分の声が、うそだ、うそだ、そだ、そだ、そだ・・・と、こだましたように思えました。こういちの顔が紙粘土のお面のように固まりました。
「な、なにがうそなんだ」
 こういちがやっと言葉をはき出しました。
「コーちゃんが言ったことはみんなうそだ。トカゲのことも、お父さんのこともだ。本で読んだことがあるぞ。お父さんの話なんか、その本そっくりだったもん」
「うそじゃない。うそのわけないだろ。うそじゃないもん」
 ぶっこわれたスピーカーのように、こういちはむきになって、同じ言葉をくりかえしました。勝った、と洋介は思いました。体じゅうから力が抜けていきます。
 その時、大きな体が、洋介の前に立ちふさがりました。チューインガムのにおいがします。こうたろうです。
「うそだっていうんだな」
(ソウサ)
 こうたろうは、こういちから銀の箱をひったくると、洋介の顔の前につきつけました。
「おれたちのおやじのことが、ぜんぶうそだって言うんだな」
(ダト思ウンダケド・・・)
「よーし、いいどきょうだ。それなら、これはおまえにくれてやる」
 こうたろうは、その箱を二、三回ゆすってから、洋介の胸に押しつけました。なかでなにかやわらかいものがぶつかる音がしました。
「うそだと思うんなら、ふたを開けてみろ。毒トカゲだぞ。おまえに飛びかかってきても知らねぇからな。さあ、開けてみろ」
 こうたろうは口をとがらせて、シュー、シューと、ヘビがえものをねらうような音を出しました。
 ようし開けてやる。洋介は右手をふたにかけました。
「洋ちゃん、やめたほうがいいよ」
 じゅんぺいがおそるおそる言いました。
 開けてやる。だけど・・・お父さんのことはうそだとしても、毒トカゲは本当かもしれない・・・。
「洋ちゃんやめたほうがいいってば」
 ひでとしも小さな声でつぶやきます。
 洋介は指に力を入れました。かみ合っていたふたのはずれる音が響きました。
 洋介はそこで手を止めると、箱を目の高さまであげ、手前に傾けて、開いたすきまから奥をのぞきこみました。するとなにかがすべってきて、箱のふちにあたったのです。それは、まっ赤な色をしたなにかでした。洋介は思わず箱を放り投げそうになりました。
「どうだ、いただろ。それからこれは、こういちが言いわすれたことだけどな、こいつの武器は毒のトゲだけじゃないんだぞ。にらまれたらおしまいだ。目が合ったらどんなものでもいちころだからな」
 そう言いすてると、こうたろうはむこうに行きかけましたが、すぐふり向いて、もう一度、洋介を見ました。
「おっと、わすれるところだった。そのトカゲは空も飛ぶからな。ふたはしっかりと閉めとけよ。部屋のなかをパタパタ飛ばれたら、おまえの母ちゃんも腰をぬかすだろうからな。じゃあ、こういち、行こうか。あれは、おまえの話がうそじゃないっていう証拠にくれてやれ」
「知らないかんな、洋介」とこういちが言いました。
「たいへんなことになったな」と、上級生。
 まさるたちは洋介のまわりに集まり、箱を返すように口々に言いました。
 こういちたちは、もうずっとむこうに行ってしまっています。まさるたちも、やがてこういちのあとを追って、走って行ってしまいました。
 原っぱのまんなかに、箱をかかえた洋介だけが残されました。
           

04/25/2016


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