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ギョーダンノギシ(2) 文: 佐山 ゆうき 作者にメールを送ります
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       (三)
           (第二回/全九回)

 小学校の門の前まで、急な坂道が続きます。洋介は急ぎ足でその坂道を登っていきました。頭のなかでは、太鼓とラッパの行進曲が鳴っています。
 お母さんと話していて、いつもより出るのが遅くなったようです。坂道を登っているのは洋介だけでした。
 坂のてっぺんから、学校の屋上の給水塔がせり出してきました。給水塔にはカラスが二羽、たがいに背をむけあうようにしてとまっています。マストの上から遠い水平線を見つめる水夫のように、二羽はぴくりとも動きません。
 そのときです。うしろでかん高い声が破裂しました。
「火星人!」
 またか。振りかえってみなくても誰だかわかります。自分の気持ちがばったりとたおれそうになるのを、洋介は必死でくいとめました。 
 へいきだ。へいきさ、へいきにきまっているじゃないか。だけど体はもう前に進みません。右足を前に踏み出したままのかっこうで固まってしまいました。
 体が足のほうから、さびのにおいのする金属に変わっていくように思えました。頭の中にキーンという音が響いて、だんだん強くなっていきます。
 どのくらいの間そうしていたでしょうか。思ったよりも長い時間だったことは、チャイムの音でわかりました。気がつくと、教室に入るようにつげる、いつもの曲が鳴っていました。
 おくれてしまう。その言葉が頭の中を左から右に動いていくと、いっしょに左足が一歩前にでて、それまでくぎづけにされていた風景が、がくんと左に揺れました。
 いつのまにか、カラスは屋上から飛び立ち、空のなかにまっ黒な羽を広げていました。ふちがほつれたその形は、青い空にあいた穴のようです。穴は鳴き声をあげながら、ふたつ並んで神社のほうへ飛んでいきました。
 急がなければなりません。さびついた車輪を回すように、洋介は一足ごとに力をこめて、坂道をのぼりはじめました。
 てっぺんに着いたとき、さっき声がしたほうをふりかえりました。もちろんそこには誰もいません。洋介は大急ぎで学校へ走りました。
 火星人じゃない。ぼくだってあの映画は見たけど、あれは火星人じゃないんだぞ。洋介は走りながら、心のなかで叫び続けました。
 あるとき地球にUFOがやってきて、そのUFOと交信しようとして、地球上のすべての科学者が集まります。奇妙な形の山のすそ野に、ネオンのオバケのようなUFOが姿を現します。科学者たちはコンピュータで音の信号をつくり、UFOに向けて発信しました。ビーボーバーボーバー。UFOも同じ音で返事をかえしてきます。ビーボーバーボーバー。UFOが着陸し扉が開くと、まぶしい光とともに宇宙人が出てきます・・・。
 子どものような体つき。頭が大きくて、目の間がはなれていて、手や足が細くって・・・。それが洋介そっくりだと武田くんは思ったみたいなのです。しかも武田くんはそれを、火星人だと思いこんでいました。
 宇宙人ならまだいいけど、火星人じゃ、まるでマンガだ。それに、火星人じゃ、怪物だって、言われているのと同じじゃないか。

 校門にはもうだれもいませんでした。洋介は大急ぎで靴をはきかえ、階段を上がりました。三階のろうかもずっと奥まで、がらんと静まりかえっています。
 もう岡本先生が来て、一時間目の授業が始まっているかもしれない。洋介はランドセルをガチャガチャいわせながら、教室の前までかけていき、大きく息を吸ってそっと戸を開けました。
 よかった。教室のなかは、ろうかとは別世界のように、さわがしくわきかえっていました。
 洋介は窓ぎわの自分の席に腰をおろしました。ななめうしろにいる武田くんの顔が、黒いごみのように、目のはしにくっついてきます。
 日に焼けた武田くんの顔。口のあたりだけが前につきでて、それ以外の鼻やおでこ、ほおやあごは、ぜんぶうしろに引っぱられています・・・。横から見たら、先の丸くなった大砲の玉。おまけに舌なめずりしたところなんかトカゲにそっくりです。
 さっきから武田くんがじいっとこちらを見ているような気がします。目を合わせて、あれは火星人じゃないと言ってやろうか。
「おはよう」
 いつものようにトレパンとポロシャツ姿の先生が、ひげをごしごしこすりながらやってきました。
 岡本先生の岩のような声が、頭の上をころがってくると、みんなはあわてて席について、黒板の前にそびえている先生をいっせいに見上げました。黒板の上の壁には、先生が書いた「冒険」という言葉が、少しななめに傾いたまま、画びょうで止められています。
「えーと、欠席は・・・。なしだな、よしと」
 先生は教室をひとわたり見回してから言いました。
「きょうの国語は教科書はいらないぞ。これを一枚ずつうしろにまわしていってもらおうか」
 先生はわら半紙の束を左手にかかえると、それぞれの列の人数分の枚数を、先頭の机の上に置いていきました。 
「えー、テストかよ」
「ずるいよ先生。きのうはなにも言ってなかったじゃないか」
「クイうちなんてひきょうだぞ」
「うるさいぞ。この岡本さまが、そんなひきょうなまねをするものか。よく見ろ。それがテストか。原稿用紙だろ。きょうは作文を書いてもらうことにする」
 テストじゃなかったことでほっとしたざわめきが、作文と聞いて、また大きな騒々しさへとふくらんでいきました。
「作文ならテストのほうがましだよ」
「題はなんでもいいんですか」
「題は・・・」
 岡本先生は、黒板に大きく父の日と書きながら「お父さんだ」と言いました。
「こんどの日曜日は父の日だろ。だから、お父さんのことを書いてもらうことにしたんだ。それから、こういち、ちょっとこっちにおいで」
 急に曲がるカーブを投げたみたいに、先生はいきなり武田くんを呼びました。
 武田くんがイスから立ち上がり教壇に近づいていくと、先生は「こういち、さっきの。クイうちじゃないだろう。それを言うならフイうちって言うんだぞ」と大きな声で言いました。でもその後は小さな声になって、なにを話しているのかわからなくなりました。
 話し終わると先生は、武田くんの肩をポンポンと二回たたき、武田くんは少しだけうなずきました。
 いつもとちがう武田くんの様子を、変だなと思ったのは洋介だけだったようです。みんなはとなりどうし、好き勝手におしゃべりを始めていて、誰も武田くんを見ていませんでした。
「よし、じゃあ始めようか。まず題を書いて、それから名前だ。わかっているな。ナンノダレベエをわすれるなよ。一枚で足りない人は、先生のところまで取りにきなさい」
 みんなはいちおう鉛筆をもって書き始めるかっこうをしましたが、まだおしゃべりのあぶくが、あちらこちらでたっています。
「わたしのお父さんはねェ・・・」
 まさ子さんのお父さんが、口にイカの足をくわえてお酒で顔をまっ赤にして走っていきました。肩にはバットとテニスのラケットをかつぎ、頭の上でゴルフのクラブをふりまわしています。仕事だ、仕事だ、とぶつぶつ言って・・・。
「だから、帰りは遅いし、休みの日はいつも遊びにいっちゃうのよ」
「うちのパパは社長なんだって。三つ会社、もっているんだ」
「すごいじゃん」
「だけどびんぼう社長だよ」
「そうか、じゃあ、あまりあてになんないな」
 いろいろなお父さんやパパや父ちゃんが、教室じゅうをかけまわりましたが、そんなお父さんたちも、しばらくするとみんなの心のなかにもどっていって、聞こえてくるのは、鉛筆と紙の音だけになりました。
 洋介も原稿用紙のます目に鉛筆を立てました。
 ぼ・く・の・お・父・さ・ん・は
 雨だれのように、八個の文字が並びました。しかし、そのあとがつづきません。そこから先は、宇宙の墓場のように、なにもないようにも思えますし、無人島のジャングルのように、不思議なものがいきなり飛び出してきそうな感じもします。
 洋介はお父さんをさがしました。ぼくのお父さんは・・・。お父さんは、よく家からいなくなった。いなくなって、すこしたつと、いつも絵葉書がきた。
 鳥たちで埋まってしまったような島。山の崖に穴を掘って住む人たち。うしろはまっ青な空・・・。
 洋介は、思い出のなかから、なん枚も絵葉書を引っ張り出しました。ずっと昔の人たちが作った、こぶのようなお寺、石の巨人、宝石のカバ。どれもこれも、みんなどこかがこわれていて、やがてなくなってしまうようなさみしい感じがしました。そしてやっぱり、うしろにはまっ青な空が広がっているのでした。お父さんはそこにいる。そう思うと洋介は不思議な気持ちになりました。
 洋介はなおも、お父さんをさがしました。ぼくのお父さんは・・・。
 お父さんのカバンのなかから出てきた最初のお土産は、怪物の頭。まっ赤な顔に、炎のような形の青い模様がきざまれていて、耳までさけた口には、長くて太い牙が上と下からつき出ていた・・・。さけび声が聞こえたような気がして、そのときぼくは、大声をあげて泣いた・・・。
「なんで、こんなもの、買ってくるのよ」
 怒ったお母さんの声。ぼくはひきつけを起こしたように泣きつづけたらしい。
「だいじょうぶよ、洋介。これはお面、お面なんだから」
 お父さんが帰ってくると、海賊船の宝物のように、いつもたくさんのお土産がぼくの前にひろげられた・・・。
 
「洋介はえらいわね」
 呼びかけられてふり向くと、近所に住むお母さんの妹が立っていた。
 ヒヨコが死んだ日だった。ネコにやられたヒヨコを手のひらに乗せて、ぼくは庭に立っていた。ヒヨコはまぶたを閉じ、小さな足を縮こまらせていた。首が長くのびて手のひらからたれさがり、命がなくなったぶん、それはタンポポの綿毛のように軽かった。
 声は出さなかったけれど、あとからあとから涙が出て止まらなかった。
「もうすぐ帰ってくるからね。さみしいだろうけど、帰ってくるまでがんばるのよ」
 おばさんはそう言ってぼくの頭をなでた。ぼくはものすごく腹が立ち、おばさんの手をはらい、かけだした。
 ぼくはさみしくなんかない。ぼくが泣いているのはさみしいからじゃなくて、ヒヨコが死んだからなんだ。頭のなかでさけんだその言葉を、洋介はいまでもよく覚えています。

 洋介はお父さんをさがし続けました。
 しかしおかしなことに、お父さんの思い出には、いつもお父さんがいないのです。だから書くことはいっぱいあっても、それはちっともお父さんを書くことにならない、と洋介には思えました。
 頭は過ぎ去った思い出をたどり、手は消しゴムを動かし、目は窓の外を、風で舞いあいげられた紙くずのようにただよっています。洋介の心はバラバラです。
「そろそろいいかな」
 とつぜん岡本先生の声がして、洋介は思い出のなかから顔をあげました。
 見てまわる先生の足音が、教壇から席のあいだを通って、教室のうしろへと進んでいきます。重そうな足音は、しばらく席のあいだをぬうように動いたあと、最後に洋介の列のうしろから近づいてきました。洋介は机の上にひじをはり、すこしでも背中を大きくするようにして、自分の原稿用紙をかくそうとしました。
 先生は武田くんの頭にちょつと手をおいてから、洋介のうしろまでやってきました。足音が止まりました。先生がぼくの机をのぞきこんでいる、洋介はいっそう体をかたくしました。先生の顔がすぐ頭の上にあり、ひげがサワサワとほおにふれてくるような気がします。
「どうした洋介」
 岡本先生の声は、思ったとおり頭のすぐ上、耳のすぐそばで聞こえました。
「書けなくて・・・」
 洋介は顔をあげずに言いました。
 原稿用紙には、消しゴムで消され、何度も書きなおされた八個の文字がならんでいます。
「なんで書けないんだろうな」
 先生は洋介の肩をだき、のぞきこむようにしながら言いました。先生はなにか話をするとき、かならず体のどこかにふれてきます。自分のなかの電気にのっけて、言葉をじかに子どもたちに送り込んでやろう、そんなふうに考えているのかもしれません。
「お父さんのことを、思っているとおりに書けばいいんだぞ。どこかへつれていってくれたとか、なにをしたらおこられたとか・・・、あるだろ。だめか」
「だって、お父さんはあんまり・・・」
(家ニイナインダモン、ナンテ言ッタラ、自分ガ、カワイソウミタイデ、ハズカシイ)
 先生は、洋介の頭を二回ぽんぽんとたたきました。これは、わかった、わかったという信号です。
「じゃあ、どこに行ってて、こんな仕事をしているとかでもいいんだぞ」
(ドコニ行ッテテッテ、言ッタッテ)
 そんなことわからないよ、と言おうとしたときです。頭のなかで、なにかがカチッとひらめきました。いまのはなんだろう。洋介はひらめいたものを追って、もういちど、思い出のなかにもぐっていきました。
 雨の音につつまれた部屋が見えてきました。お母さんがコタツに入って本を読んでいます。お母さんの前にいるのはぼくだ。画用紙に鉛筆で絵を描いている。
 そうだ、あのときぼくは、潜水艦を書いていたんだ。三角定規をつかって書いたんだけど、ずいぶんいびつで、でも長い潜望鏡が気に入っていた。海のなかにもぐったまま、メロンでいっぱいの島をさがせたらいいな、なんて考えて・・・。
 そしてぼくが言ったんだ。
「いまごろ、お父さんのいるところにも、雨がふっているかな」
 お母さんがなにか言った。やさしい顔をしてぼくの目をじっと見て、ずいぶん長く話していたっけ。ぼくはべつに興味がなかったから、聞いていなかったんだけど・・・。だけどそのとき、耳にいきなりハリネズミのような音がとびこんできて・・・。
 お母さんの話のなかに混ざっていたその音。洋介はやっと、お父さんがどこに行っていたのかを思い出しました。だけどそれを口に出して言おうかどうか、まよいました。声に出したら、それはどんなふうに聞こえるのだろう。洋介は、まちがいだとわかっている算数の答えを、みんなの前で発表しなければならないような気持ちになって言いました。
「ギョーダンノギシ」
 つぶやくような洋介の声に先生は「えっ」と言って聞きかえしました。
「ギョーダンノギシに行っています」
「ギョーダンノギシか。聞いたことないな。どこなんだろう、それは」
(フトンノ、ナカデス。オ父サンガ、ツクッタ、フトンノ、ホラ穴ヲ、ドコマデモ、モグッテイケバ、ソコニ着キマス)
「わかりません」
 洋介はこんどは顔をあげて言いました。
 顔をあげると、前の席のたかあきの顔がすぐそばに見え、そのうしろにも同じように不思議そうな目をした顔が、いくつもこっちを向いてならんでいました。
「ギョーダンじゃなくてジョーダンだろう」
 みんなの顔がいっせいにくしゃくしゃになり、渦を巻くような笑い声があがりました。
「うるさいぞ、こういち。じゃあ明日までの宿題だ。きょうお父さんが帰ってきたら、よく聞いて書いてくるんだぞ」
 先生は洋介の頭を軽くなぜ、教壇にもどっていきました。

04/18/2016


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