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築城(連載 第35回) 文: 龍門 歩 作者にメールを送ります
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     四
 浅居の切々たる願いに根負けして執り行うことにした祓いの儀に立ち会うために、吉景は清岳の頂きに足を踏み入れた。藩内の関係者には、干ばつに備えて、雨水と、房矢川から汲み上げる水を溜めておく池と、汲み上げるための設備を建設するという触れ込みであった。ほぼ中央に張られている祭壇を囲う幕が寒風に煽られ、簡素な祭壇や、神主と巫女のものとおぼしき履きものが見え隠れしている。やや離れたところで燃えている焚き火のそばに、吉景用の床几が置かれていた。
 永文三年三月の初めである。この年は例年になく雪の日が多かった。積もった雪でぬかる泥を、吉景は重く馬上沓に付着させながら、何かに牽かれるように東側の突端へ歩み寄った。分厚く覆いかぶさった雲はほんの僅かに斑模様だが、果てしなく灰色である。加納城も領下も氷の中の箱庭のように凍てつき、海は透明な空間を距てて遙かに遠く望まれる。
 北風を右頬に受けながら、吉景は独り佇んでいた。鼻の頭が赤らみ、空気が冷めたいからか両の眼は潤んでいる。荒漠と拡がる眼前の情景に、しんしんと降り積もる無色の暗さ、その内部から微かに響く流氷の軋む音。皮膚感覚を晒した吉景の心に、言い知れぬ悲しみが、寂しさが、つと身を擦り寄せた。
 先般、臾茂から二通目の便りが届いた。一通目は冴乃も自分も無事、江戸に着いたという知らせだったが、こんどのは、築城の申請をしたところ大目附が好意的に対応してくれているとのことである。しかし、限定しているとはいえ少なからぬ人員が関わっているゆえに、幕府に露見して急転直下、形勢が悪化しないともかぎらないから、慎重には慎重を期すよう臾茂は書いてきており、浅居も同じように諫めるのだが、吉景は耳を貸すふりをしながら大胆に築城の準備を遂行している。
 事態がどうなろうと、もはや築城計画に変更はない。もし幕府の許可が下りぬ場合には、まず加納城を取り毀し、そのあと一気に新城を建設してしまうのだと、吉景は考えていた。
 もっとも、そんな意欲が満ちる半面、計画が載っている台座が揺らいでいるような不安を払拭することができなかった。一年余り前のあの秋の日、間地山で猟師のやすけと交した会話によって、〈築城〉という挑戦的な行動への溢流が始まったわけだが、それは単に、やすけという契機がなかったならば踏み出さなかった、負の選択ではなかったか。つまり、築城を通して個性を創造するという意思はもともと吉景のなかにはなく、やすけに触発されて急ごしらえした脆弱な観念ではないのか。さらに言うなら、中に狂気をはらみながらも善き領主たらんとして箍を嵌めてきた自らへの反逆ではなかったか、家臣や領民への意味を成さない面当てではなかったか、自ら肉交を拒否するという極度の抑制に対する反作用ではなかったか。公儀と領主の対峙を全と個の対峙に置き換えただけの皮相な思弁ではないのか。領主という立場に胡座をかきながら稚拙な思考を巡らし、架空の骨組みであるにもかかわらず大層な装飾を施し、さも堅固で壮麗な建造物であるかのように見せかけ、冴乃はもちろん、臾茂、さらには浅居をはじめとする重臣たちを欺き、むろん自分自身をも欺いたのではないのか。
 思えば、吉景の現実と理念とは冴乃に築城の意図を話した瞬間、大きな歪みを生じたのだ。それは、実践的行動と伝達的行動との質的な差異に起因する。というのは、経済活動や政治的行動など、人間の存在の仕方そのものを直接社会との関り合いの直中へ投げ込む行動が前者であり、芸術の創作や文化活動、学問の研究など、生身の人間の生き方を、少なくとも結果的には伝達手段という形式を介して社会と関る行動が後者だからだ。いずれも互いに浸潤するのだが、行動する世界の質に関して基本的に露わとなるものの質的な断絶なのだ。そして、行動を社会の中に実現させることが、個性の社会化なのである。
 むろん、現実生活において、その二種の行動は錯綜重複し、明確には分離し難い。だが、私はその純粋性をも求めているのではなかったか。生とは認識することであり、その認識内容の形式が行動であるならば、生と認識と行動とは、明瞭な因果性で結ばれた、というよりはむしろ同義の、人間存在の層を形成する同時的な要素である。したがって、一つの行動の系は、その完結まで等質でなければならない。これこそ、自己に対する純粋さ、自己の内部における因果性の厳密さではあるまいか。
 吉景の築城は実践的行動である。なぜなら、城を建設することが目的なのではなく、したがってその完成度が問題になるのでもなく、単に築城することを彼の生き方とするからである。築城が彼の世界であり、それによって彼の世界が表象されるからである。ここに、やすけとの共通性を直感したのだ。そして、単に自覚がなかったという些事に過ぎないかも知れぬが、その若者は無口であった、無意識であった。否、状況へ調和していた。善き領主を演じながらも、その殻を破りたいという内なる熱い地殻が、やすけへとの対決を希求し、相手を殺害した。
 以来、子孫をもうけないことに協力する条件のように冴乃に約束させられた「善政を敷く領主」という仮面(少なくとも余人にはそう思われたにちがいない)をかなぐり捨て、実践的行動に踏み切ったのだった。
 実践的行動を要求する認識内容が、その実現を前に外部と接触した場合、それは伝達的行動への質的な転換を受けてしまう。したがって、内容と形式との因果性、即ち、生きることの純粋さを喪失し、それのみならず、伝達的行動によって触発された社会が個に対する能動的な独立を得て、一方ではその系に関する個の独立が剥奪される。このとき、内圧に支えられる充実した堅固な形式ではなく、空虚な殻が攻撃的となった社会に圧し潰されるのだ。もし、もともと脆弱な観念だったとしたら、なおのことである。
 こうした経緯が、種々の妥協と紆余曲折とを強いる結果を招いたのだ。とはいえ、いったい私に、誰にも築城の意図を伝えずに具体的行動に出る術があっただろうか? なかった。とすれば、「築城の論理」は初めから破綻していたのではないか?
 いまさらながら自ら突きつけた反問に、吉景は微かにたじろいだ。
「殿、そろそろお越しください」
 浅居が吉景を促した。緩慢に振り返った吉景は、重い足取りで幕の中に入った。臣下たちと、神主と巫女が頭を下げて迎えた。吉景が前に進み床几に陣取ると、皆が一斉にゆっくり顔を上げた。
 巫女の顔を見た瞬間、吉景の脳髄に閃光が走り心筋が痙攣した。
 江奈だ! 
 吉景の顔面は引き攣り、蒼白になった。突然の尋常ならぬ吉景の意識放射に、その場の皆が凍り付いた。否、皆ではなく、巫女だけは扇をしなやかに舞わせはじめた。

 吉景が病に臥せっていた期間、体力的な負担で快復が遅れるほど、何十度も生暖かな自分の肉の中に誘った江奈だ。軟らかく締め付けられる恍惚と射出する快感に吉景を深く溺れさせ、麻痺させた江奈だ。十三歳の時、吉景の子を身ごもったと告げられて、困惑と不潔感のあまり発作的に、おそらくは自分の子と一緒に刺し殺した江奈だ。

07/21/2015


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