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竹のこと通信④―バスケタリージャパン展と全国竹芸展― 文: もぎ ちえこ 作者にメールを送ります
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・バスケタリージャパン2015
         (2015.3.18~23)

「バスケタリージャパン展」は二年に一度、開催される展覧会です。「バスケタリー」には二つの意味があって、一つはかご類で、もう一つはかごを作る技術や過程を意味します。”「バスケタリージャパン」には、さらにかごをアート的にまた工芸的に高めていきたいという希望も込められている”と、2001年の図録の巻頭にあるとおり、技術的、デザイン的、アート的に見ごたえのある作品が並ぶので、毎回、開催を楽しみにしていました。籐、竹、山葡萄、あけびなどのつるや木の皮、和紙や金属ワイヤーなど、さまざまな素材を使った立体造形の展覧会です。
 一般公募枠があるのでいつか応募してみたいと思っていましたが、実現できたのは前回の2013年から。加えて2015年の今回は、スタッフとして、開催準備のお手伝いをすることになりました。
 会場は東京都豊島区池袋にある芸術劇場の最上階の展示室。幅約23メートル、奥行約17メートル、高さが4メートル近くある広いスペースです。スタッフは三十名あまり、展示の準備は前日の17日に行われました。
 まずは作業手順の説明から。作品は日本全国から送られ、すでに会場に運び込まれています。当日、持参して搬入される分もあわせて、名簿で確認し梱包をときます。100点以上の作品が集まりました。
 同時進行で会場の設営です。配置図を参考にして、展示移動壁(パネル)を動かしました。天井に、縦横にみぞが走っていて、パネル上部にある二ヶ所の突起を、うまく交点にはめこみ、所定の位置まで押していくしくみです。といっても一枚が縦、横約4メートル、厚みが10センチもあるパネルなので簡単にはいきません。右側の交点にうまくはまっても、左側のほうがずれて動かないなど苦労しました。押すのも数人がかりです。パネルの下に、同じく二ヶ所、丸い足がついていて、これで床に固定します。動かすときは、足の部分を、ねじを回す要領でゆるめ、場所が決まったらしめます。
 パネルは全部で20枚。使用したのはそのうちの半分ほどですが、一枚ずつ引き出して、平行に並べたり、あるいは垂直方向に回転させたりして部屋を仕切っていきます。部屋の片方の端に、パネルを二枚横に並べて係の休憩場所も作りました。テーブルが数台とイスを置いただけの細長い休憩室ですが、天井まで届くパネルに隠れて、裏側にそんなスペースがあることに気づきません。もう一方の端も三枚並んだパネルの裏側は、荷物置場になっていました。梱包をとかれたダンボールが山積みになっています。
 次に間接照明を設置しました。スポットライトやダウンライトを天井にはめ込んでいきます。その作業は男性の方が移動式の台に乗って行ってくれましたが、その移動台がまた重くて、動かすには数人がかりです。
 どういう具合になっているのか、すぐ点灯するライトもあれば(きちっとはまると点灯する)、いくらやっても溝にはまらないものもあり四苦八苦していました。前回の係に助言を求めると、規格は同じでも、合うものもあれば合わないものもある、とにかくはめてみるしかない、という返事がかえってきました。
 以前、別の展示の手伝いをしたとき、ライトが落ち、救急車を呼ぶ騒ぎになったことがありました。ライトをはずしているときに手がすべったようで、そこにたまたま人がいて当たってしまったのです。急いで片付けなければならず、入り混じって作業をしていました。幸い大事にはいたりませんでしたが、安全第一。周りの状況に気を配りながら動くこと。それは今回の作業開始時にも注意を受けたことでした。その指示は徹底されているようで、重いものを持ち上げたり、高い所に登ったりするときは、必ず多目に人員を配置し、係の方も見守ります。大体の照明がつき会場設営作業はこれで一段落。
 気づくと会場のかたすみにブルーシートが敷かれ、すべての作品がそこに集められていました。その前で数人がダンボール箱を組立てています。これから展示台を作るということで、その説明が係からありました。三種類の高さの違うダンボール箱を組み立てた後、その側面に両面テープで、凹凸のある厚めの巻ダンボール紙を貼るようです。それを立てて上に発泡スチロール板を置いて完成。紙を貼ってしまうと、中身がダンボール箱であることはわからなくなります。紙のグレーと発泡スチロールの白が調和して落ち着きのある展示台ができました。
 ただ、その作業は簡単ではありませんでした。一回りするうちにどうしても紙の位置がずれてしまうのです。最後までぴたりと重なるのは二個に一個ぐらい。二人一組になって、テープを貼る位置など工夫し、作業を進めました。
 展示台作りはお昼休みをはさんで続けられ、次は、いよいよ作品の展示です。100点以上の作品を傾向別におおまかにわけて、まずはそれぞれのブースに運んでいきます。壁面に飾るものは上からつりさげ、この作品の隣にはこれがいいのではないかと動かしていくうちに、だんだん展覧会らしくなっていくのが不思議です。大きな作品は台を二つ寄せて展示スペースをゆったりさせました。台を横にして作品をのせたり、一箇所に集めて丸く配置したり。島のように全体から少し離して二つの作品を段違いに並べると、また違った展示効果が出ます。
 抽象的な作品は、作者が指示した正面を確認します。写真が添付されているものもありました。
 それぞれ見栄えのよいように角度も工夫し、ついでに作品鑑賞。最後は、添付された作品の底の記名を確認しながら名札を置いて完成です。
 あとの細かいチェックは役員の方にお任せしてここで散会。この後、先生方によって、大賞、優秀賞、奨励賞などの審査が行われます。

 後片付けは最終日の午後三時からはじまりました。近くの老人福祉施設の方々が最後の観覧者で、見学が終わるとドアが閉められ、手順の説明です。スタッフと、当日、搬出に来られた方々の作品を、まずは片付けるということでした。梱包が終わったら申し出て、作品リストの搬出欄に必ず印をつけてもらってください、と注意がありました。その後、残った作品を梱包して送りかえします。
 その作業は二人一組になって確認しながら丁寧にと言われました。これもまた係に搬出の届出をして間違いのないようにします。
 パネルを元にもどし、照明器具をはずし、机などの備品を片付け終わるころには、梱包作業も終盤にさしかかっていました。業者が呼ばれ、山になった荷物を伝票処理し台車で運んでいきます。展示台もすべてこわされ、これもまたゴミ収拾の業者がきて運んでいきました。会場全体に掃除機をかけ作業は終了です。
 片付け作業の一時間前には会場に入っていたので、作業が始まるまでもう一度作品をじっくり鑑賞しました。どれもみな一ヶ月や二ヶ月で、制作した作品ではないことがわかります。デザインを考え、材料選びをし、試作を繰り返し・・・、コツコツと作業を続ける姿が浮かんできます。どの作品も、作者の思い入れを強く感じました。
 二年後、また、どんな作品が集まるか楽しみです。

・第十九回全国竹芸展(2014.11.1~3)

 全国竹芸展はその名の通り、全国公募による竹芸作品展です。
 第十三回の平成二十年から、毎年、作品を出品していますが、それまで一度も見に行ったことがありませんでした。会場の遠さが原因でした。
 ここ数年、竹芸展は栃木県大田原市の那須与一伝承館で開催されています。JR線で宇都宮まで行き、東北本線に乗り換えて那須塩原駅へ。伝承館は道の駅、那須与一の郷の一角にあるので、駅からはタクシーか市営バスというルートです。
 那須塩原駅へは新幹線を利用すれば便利だし、道の駅なので、自動車で行くのがベストですが、今回は快速電車を利用し、駅からは、タクシーではなく市営バスに乗ることにしました。
 バスの時間が道の駅のホームページのアクセスに記載されていたので、出発時間はそれを参考にして決めました。ところが那須塩原駅に着いてみると、日曜祭日はその時間帯は走っていないことがわかりあわてました。
 だいたい一時間に一本の運行だったので、このロスは大きく、早起きしなくてもすんだのにとがっかりです。仕方がないので早めに昼食をとることにして駅周辺を歩きましたが、連休中にしては人が少なく活気がありませんでした。
 那須塩原駅の西口のほうは、それでも行楽地行きのバスが止まっているし、お土産屋や飲食店もあるので、にぎわっていますが、市営バスの停留所のある東口はまったくといっていいほど人影がありません。タクシー乗り場も、車が何台も連なったまま閑散としていました。
 やっと発車時刻が来て乗車です。でも乗客は二人だけで、相客の男性が六つ目のリハビリクリニック前でおりてしまうと一人になってしまいました。道の駅まで所要時間は五十五分、停留所は二十七。さすがにその後、数人の乗り降りがあって、ほっとしました。
 途中で那須赤十字病院のなかに乗り入れたり、太田原市体育館の前を一度通り過ぎて市役所まで行き、引き返してまた体育館の前で止まる、国際医療福祉大学の構内にも入って、ぐるりとまわり、またもとの道に出るといった具合に走っていきます。道の駅はたまたま終点になっているだけで、もともとはそうした施設に行くための路線のようです。だとすれば日曜なので、乗客がわずかなのも納得できます。でも、那須赤十字病院などは本通りからずいぶんそれた丘の上にあって、行き帰りまったく同じ道を通るので、まどろっこしく感じました。
 大田原市内は、飲食店などもあって、それなりのにぎわいです。でも市内を抜けてしまうと、たまに、大きなショッピングモール、家電店、DVDのレンタル店、ガソリンスタンドがかたまってあるだけで、あとはなにもない住宅街が続きます。野原の交差点にぽつんとコンビニが建っていました。
 道の駅まで行ったのは結局私だけで、帰りのバスの時間を、念のため車掌さんに確認してからおりると、バスはすぐさま折り返していきました。
 道の駅なので、農産物直売館や加工・特産品館、レストラン館などが並んでいますが、まずは那須与一伝承館で竹芸展の鑑賞です。点数は百点以上あり、これだけの数の竹工芸作品を見る機会はなかなかありません。
 普通、公募展は、すべての出品作品が展示されるわけではなく、審査料を払っても、落選すればそれでおしまいです。何回か入選して主催する会の会員になれば、審査なしが通例ですが、聞くところによると、日本伝統工芸展は、会員特典はないそうです。作品に番号をふって審査し入選作品を決めるということでした。
 全国竹芸展はそれに対し、出品した作品はすべて展示されます。だからといってレベルが低いわけではなく、伝統工芸展や木竹展、県展などに入選した作家の作品が何点も並んでいます。第十一回から、募集対象をアマチュアに限定しなくなりました。
 自分の作った作品が展示されるのは励みになるものです。おまけに、毎年立派な図録がつくられ、それが返送時に同封されてきます。出品作品も写真に撮ってくれて、紙製ですが額つきです。破格の審査料で(普通4.000円から10.000円のところを1.000円)そこまでしてもらえることに感謝の言葉しかありません。
 竹芸展の実行委員長が、竹工芸会の顧問でもあるため、入会したときから、出品を勧められました。今回も教室の仲間の作品が何点か並んでいました。みな精進して制作していることがわかり気が引き締まります。
 全国竹芸展と銘打っていても、やはり点数的には地元の栃木県を中心に関東の出品が多いのが現状です。それでも図録の出品者一覧の住所に、他県の名前がずいぶん見られるようになりました。もちろん、地域では知られた展覧会で来場者も多く、作品に感心する声があちこちで聞かれました。
 会場のすみで竹工芸の実演などもしており、幅決めや厚さ決めの作業などが見られます。ちょうどお昼休みだったので、中座している席が多くて全員の実演はみられませんでしたが、言葉をかわしてなごやかな雰囲気でした。
 竹工芸品のプレゼント抽選会もあって、アンケートに答えると抽選できます。作品が三つ並んでいました。挑戦しましたがはずれました。なかなか当たりが出なくてと係の人が恐縮していました。
 会場手前の竹のギャラリーには、人間国宝の勝城蒼鳳氏や(故)八木澤啓造氏の作品をはじめ、全国竹芸展の最優秀作品などが展示されているのでじっくり鑑賞しました。研修室での竹工芸品即売会や、中庭での骨董品やリサイクル店の露天など、あとは、あちこちのぞいてまわりながら、帰りのバスが来るのを待ちます。
 ずうっと気にかかっていた展覧会にやっと行けて、ほっとしました。途中、渋滞もなく、帰りの電車もすいていて、時間はかかりましたが移動は楽でした。 
 来年は那須野が原ハーモニーホールの予定なので、ほんの少し近くなって、駅も那須塩原のひとつ手前の西那須野になります。市営バスも十分の所要時間ですむようです。

04/01/2015


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