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市場の歩き方 14(アラ) 文: 山川 洋 作者にメールを送ります
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 一般に「高級魚」といって思い浮かぶのは、どのようなものになるだろうか?
 そもそも、なにをもって高級とし、いかなる故にて低級と呼ぶかという、定義上の深遠な問題はさておき、世間的な常識というあたりから考察すれば、値段の高い魚イコール高級魚であり、値段の安い魚が低級魚ということになろう。いたって乱暴な仕分け法にも思えるが、これは存外核心をついている。
 何故ならば、美味しい魚はみんなが欲しがるから必然的に値段も高くなり、あまり美味しくない魚は、欲しがる人も少ないため値段が安くなるという、経済学の基本である需要と供給の関係からも、値段が高ければ美味しく、値段の安いものはそうでもないだろうという推論が成り立つわけである。
 そこで高級魚であるが、値段の高い魚といえば、正月の初セリで一本一千万円を超えるような値段の付く本マグロを筆頭に、マダイにヒラメ、トラフグ、キンキ、イシダイ、シマアジ、カンパチ、ヒラマサ、オコゼ、グジ、アンコウ、さらに近頃は絶滅危惧種としてレッドデータの仲間入りをしたウナギも、押しも押されもせぬ高級魚である。
 もちろんこれ以外にも、高級魚にランクされる魚はたくさんいるだろうが、ここで「アラ」などというと、「アーン?」と怪訝な顔をされることがある。
「アラって、刺身をとった残りの部分でしょ?」
とか、そこそこ魚に通じている方でも、
「あ~、お相撲さんが九州場所で食べるのを楽しみにしているあの魚ね」
といった反応がほとんどである。
 前者のアラは「粗」の勘違いで、回転ずしなどで出される魚の中落ちやカマ、砂ずりなどの部分を炊いた粗汁は、まさにこの粗である。後者の方は、正式にはクエのことで、漁獲高の多い九州地方の呼び名がアラのため、「アラ鍋」「アラちゃんこ」として全国的に広まったということである。
 今や、インターネットで「アラ」と検索しても、このクエが上位に出てくる(その前に、ブンセンの海苔佃煮アラ!が出てくる)状況である。お相撲さんが九州の天然クエを食べ尽くしたからでもあるまいが、最近ではクエの養殖が盛んに行われている。
 さて、ここからが本題のアラである。
 これこそが私のイチ押し、高級魚の本命中の本命、幻の魚といってもよい魚なのである。分類としては、スズキ目ハタ科アラ属アラで、マハタ属のクエとは一線を画する。海の深みに潜み、小魚を捕食しているらしいが、詳しいことは判っていない。ハタ科の魚にしては面長で、ややスマートな灰褐色の体をしており、エラブタに鋭い棘がある。(また、捌いたときに気づいたのだが、エラそのものにも三本の棘を持っている)
 この究極の高級魚ともいうべきアラが、残滓の粗よりも、アラの名をかたるクエや、ましてや海苔佃煮よりも知名度が低いのはどうしたことだろう。
 その最大の理由は、獲れる数が少ないため、商業ベースに乗りにくいということであろう。いつ入荷するか分からないものを、お品書きに載せることはできない。よって、実際にアラを食べたことのある人は、極めて少ない。
 その証拠に、インターネットでアラを紹介した文章でも、食味のところになると、「新鮮なものの刺身は、タイよりも美味とされる」とか、「鍋にすればクエにも勝る味わいであるとのこと」というように、本人は経験しておらず、風聞というか、人から聞いた話をそのまま書き写しているだけのものが多い。
 ある日、そんなアラに遭遇したのである。
 土曜日の朝、いつものように鮮魚市場をひやかして歩いていた。私の市場の歩き方は、まず早足で場内の通路を一周する。その間、左右に視線を走らせて、店頭に並ぶ魚のチェックを行う。同じ鮮魚の卸店でも、それぞれに得意分野というものがあって、どこでも同じ魚を扱っているわけではない。また、同じ魚であっても、サイズや鮮度が違えば、当然卸値も違ってくる。市場内を一巡している間に、欲しい魚の目星をつけ、改めて比較検討するという寸法である。
 こうした手法にたどり着くまでは、気に入った魚があると即購入し、さらに市場をふらつくうちにもっと琴線に触れる魚を発見して、悔しい思いをすることも度々であった。初めのうちは、どうしても我慢ができずに、それも追加購入していたのだが、必然的に一回分の夕食には多すぎることとなる。鮮度が命の生魚であるから、家庭用の冷蔵庫では翌日までがよいところで、いくら魚好きでも、二日続けて山盛りの刺身では、みんなうんざりしてしまう。むしろ、惣菜屋のコロッケに千切りキャベツといった献立の方が歓迎される状況となる。せっかく大枚をはたいて買った魚も、ため息交じりに食べられたのでは浮かばれまい。何度かそのような経験を経て、ようやく現在の購買スタイルにたどりついたわけである。
 嬉しさのあまり話があちこちに飛んだが、なにしろアラであるから、このくらいの前置きは当然である。
 さて、そのアラを市場で見つけた。サイズは尾びれまで入れても四十センチちょっとというところで、まだ体側の縞模様が消えない幼魚であるが、これでも十分。五キロ・十キロの成魚ともなれば、残念ながら手が出ない。
 この時ばかりは即断即決。これ以上市場巡回の必要はない。とんぼ返りで帰宅。精神を集中してまな板の上のアラと対峙する。
 包丁を入れる前に、まずデジカメでアラの全容を撮影。その後、おもむろに出刃入刀である。
 スズキ目に属する魚であるが、より深い海に生息するためか、骨格はスズキよりもがっしりしている。そのため背骨や頭を断ち切るには相応の膂力が必要となる。身肉は半透明で硬く締まっており、柳刃で薄く引いても身崩れすることもない。もちろんアラのアラ(ややこしい)は捨てるなどもったいないことで、白髪ねぎと柚子片をあしらった潮汁となす。
 冷酒の準備も整い、さてさて初アラである。
 刺身用の小皿は二枚用意してあり、片方はアサツキを散らしたポン酢しょうゆ、もう一方は王道のわさび醤油である。まずはポン酢しょうゆで一枚。食感はヒラメをもっと固くしたようで、シコッとしており身肉にパサついたところもない。ヒラメとタイを突き交ぜ、双方のいいとこ取りをしたような、淡白な中にも調子の高いうま味が感じられる。
 それを冷酒で流して、次はわさび醤油で食してみるが、もちろん不味かろうはずがない。
「どうだ。これがアラだぞ。料理屋でもまず出てこない魚だぞ」
と、家族の物に自慢して、アラ汁をひと口。
「ん~!」
 美味いとしか言いようがない。椀の表面に芥子粒ほどの上品な脂が浮いて、身肉の弾力たるや、まさに絶妙。酒のことも忘れてアラ汁をひと椀啜ってしまった。
「これ、鍋にしたら最高よね!」
とカミさんがもらした言葉が、まさに正鵠を得ている。これまでも、家でタラチリやキンメ鍋、フグちり等、様々な鍋を試しているが、「アラが最高」とは、家族全員の一致した見解であった。
 四十センチ強といえど、家族四人ではアラ一匹は食べきれず、翌日も残りの刺身が食卓に出されたが、驚くことに、その身はすこしもヘタっておらず、コリッとした心地よい弾力を歯ぐきに伝えてくれたのである。
 こりゃー、今度アラを見つけたら、五キロが十キロだろうと、担いで来なけりゃならないなー。

02/28/2015


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