ホーム トップ > 投稿閲覧室 > エッセイ > 市場の歩き方 13(蒲鉾の謎)
市場の歩き方 13(蒲鉾の謎) 文: 山川 洋 作者にメールを送ります
閲読数:[ 569 ]    コメント:[ 0 ] ※クリックでコメントフォームへ

 時はまさに「春節」ということで、中国からの観光客が大挙して日本に押し寄せ、電気釜や温水便座を爆買いしているらしい。
 ところで、この「春節」なるものは、いわゆる旧正月のことで、今年は二月十九日が旧暦での元日に当たるとのこと。不勉強のせいで、長い間立春が旧正月の元日であると思っていたのだが、立春は二十四節季による決め事であり、太陰暦とは一致しないということを、最近ようやく覚えた次第である。
 正月といえば、市場に通っていて毎年疑問に思うことがある。
 年末ともなると、市場も買い出しの人々で賑わう。普段は、あまり市場なぞ覗いたこともないような人たちも、年越し、正月の食材の買い出しとなると、自然と市場に足が向くようで、夫婦連れだって品定めをする姿が、あちこちで目につく。
 平素よりも値の張るものがどんどん売れるため、この時期ばかりは卸店の方も一般のお客様大歓迎で、はっぴ姿で盛んに客の呼び込みをしている。
 このような風景は、毎年繰り返される年の瀬のお約束的な光景だが、こうして市場が賑わうほど、私の気分はしらけ気味となる。市場全体が活気づくのは慶賀すべきことだが、この時期は品揃えが正月用に偏っていて、市場を歩いても少しも面白くない。
 早起きして市場を覗きに行くのは、「今日は何があるかな?」というワクワク感があるからで、わざわざ市場へ出向かなくとも、おいてある品物が想像できてしまうのでは、興味も半減してしまう。
 どんな品揃えになるかというと、タラバガニ、ズワイガニ、塩カズノコ、伊勢エビ、車エビ、イクラ、マグロ、タイ、新巻ザケ、ブリ、酢だこ、なまこ、蒲鉾、伊達巻、等々。
 これらの物で、どの店も店頭が埋め尽くされる。
 年越しや年の初めに、ご馳走を用意したいという気持ちはわかるが、もう少しバラエティがあってもよいのではないだろうか。
 特に不思議に思うのは、蒲鉾と伊達巻の存在である。
 なぜ正月に蒲鉾なのか。蒲鉾くらい、食べたければ別に正月でなくとも、勝手に食べればいいではないか。落語「長屋の花見」の頃であれば、蒲鉾もご馳走であっただろうが、今日びどうしても蒲鉾が食べたいと思う人が、どのくらいいるであろうか。
 誰かが伊豆方面の温泉に遊びに行った時のお土産として、ワサビ漬けと一緒にもらったり、旅館やホテルの和朝食の膳の隅っこで、味付け海苔の袋に隠れるように配置されたりしているのを、特段の思い入れもなく食している、というのが実態ではあるまいか。
 紅白でめでたいからおせちの定番ということなのだろうが、おせちの彩りとして使うには、一本がデカすぎて使いきれない。スーパーも、普段はもっと手ごろなミニサイズの蒲鉾しか売っていないくせに、年末ともなると、大振りで高価な蒲鉾しか取り扱わなくなる。
 そんなものを紅白一本づつ買えば、わが家などでは、正月三が日、蒲鉾だけを食べて過ごしてもまだ余ることになってしまう。せっかくの正月なのに、蒲鉾の賞味期限が気になって、ゆったりとした気分で料理も味わえない。
 結局、三分の一も使わないうちに悪くなり、ゴミ箱行きになるのが毎年の恒例である。メーカーや流通業者には、現在の世帯人数を考慮した商品開発をおこなってほしいものである。
 伊達巻に至っては、もはや何をか云わんやである。あの甘ったるい、はんぺんの親戚だか玉子焼きの親戚だかわけのわからないふわふわした食べ物は、まさに正月限定。普段はまったく目にする機会もない。おせちの重に詰まっているから一応それらしく見えるが、もし普段の食卓に出された場合、そもそもあれは、飯のおかずとしてとらえればよいのか、食後のデザート的なものなのかというのが、個人的な疑問として、未だに判然としないままである。

02/22/2015


閲読数:[ 569 ]    コメント:[ 0 ] ※クリックでコメントフォームへ