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市場の歩き方 11(夜明けのコーヒー) 文: 山川 洋 作者にメールを送ります
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 夜明けのコーヒー、二人で飲もうと~、あーのひとが言った~、恋の季節よ~♪
 ご存知、ピンキーとキラーズの大ヒット曲、「恋の季節」の一節である。
 当時、筆者は高校生になるかならないかという年頃であったが、そうした多感な時期に冒頭部の(夜明けのコーヒー、二人で飲もうと)というフレーズは、とても刺激的に耳に響いた。早朝に二人でコーヒーを飲むというシチュエーションは、男女が一夜を共にするということではないか。お泊りデートではないのか!(当時は「お泊りデート」なる言葉も存在しませんでしたが)
 ともあれ、この歌詞は青春前期にある若者の心を激しく揺さぶり、僕もいつかは「夜明けのコーヒー」を飲むときがくるのだろうかと、ひとり布団の中でワクワキドキドキしたものである。
 それからあっというまに幾星霜、青春中期・後期、壮年前期・中期・後期とまたたく間に時は過ぎ去り、喫茶店コーヒー、ファミレスコーヒー、コンビニコーヒーと、幾多のコーヒーを飲んではきたが、いかんせん「夜明けのコーヒー」だけにはとんと縁がなかった。
 髪に白いものが混じり、後頭部が透けて見えるようになって、否応なく初老を認識せざるを得なくなった昨今、「夜明けのコーヒーなんて絵空事。所詮歌の世界だけのことよ」と、見果てぬ夢をシニカルな笑いに紛らせていたのだが、なんと積年の想いを遂げる日がついに来たのである。
 ただし、場所は海辺のリゾートホテルの一室ならぬ市場。
 市場の朝は早い。
 特に日の出が遅くなる冬場は、まだ暗いうちから買い出しに人が集まってくる。
 冬の朝は当然寒い。
 そこで卸店では石油ストーブなどを設置して、お客に暖を取ってもらえるよう気配りをする。そのストーブ周りが恰好の商談の場ともなり、店によっては湯茶の接待をするところもある。
 湯茶の接待といっても、朝の忙しい中、悠長なことはしていられない。何個か並べたコーヒーカップに、インスタントコーヒーと砂糖、粉末のクリームをバサバサと放り込んでポットの湯を注ぎ、スプーンで適当にかき回しては、客に勧めている。
 飲み終えたカップは狭い流し場で洗って、またインスタントコーヒーをセットするのだが、猫の手も借りたいほど忙しい時間なのに紙コップ等の使い捨て容器を使わないのは、客がコーヒーカップを持ったまま他の店に行くことを防ぐ狙いと、市場内にゴミの散乱を防止する目的があると推測される。
 有体に言って、通常であればさほど美味くもないインスタントコーヒーなのだが、このコーヒーの味が格別に感じられるのは、寒い中で熱いコーヒーを啜るということだけではない。
 それは、このコーヒーが誰かれなくふるまわれるものではないことによる。スーパーのマネキン販売ではないのだから、市場でコーヒーを出すのは、多くの人にコーヒーを飲んでもらうのが目的ではない。売り物はコーヒーではなく魚である。
 卸店がコーヒーを勧めるのは、商売になりそうな相手(プロの仕入れ人)だけなのである。物珍しげに市場をふらついている一般客にコーヒーを勧めたりはしない。もし間違えて、一人のおばさんに勧めたとしたら、
「あら、ここでコーヒー飲ませてもらえるわよー」
と、大音響で連れを呼ぶと、われもわれもと人が押し寄せて、忙しいばかりで商売にならない。
 そんなわけで、店側がお茶やコーヒーを出すのは、プロの仕入れ人だけなのである。ということは、店側のメガネ違いではあるものの、私を「商売人」と見誤ったわけで、こちらとしては、いささかこそばゆいような思いと同時に、いっちょ前に扱ってもらったという嬉しさもある。
 自然とゆるみそうな顔の筋肉を無理に引き締めて
「うん、ありがと」
と、いたってそっけないそぶりでコーヒーカップを受け取り、魚の顔を眺めながら甘ったるいインスタントコーヒーを啜るのである。
 まあ、こうなると手ぶらで帰るのも愛想なしというもので、今夜は鉄火丼にすべく、すでにマグロの柵などを購入しているのだが、
「そこのアマダイと、小柱を一枚もらおうか」
と、つい買わなくともよいものまで買ってしまうことになる。
 帳場で清算をしてから
「へい、毎度」
と手渡してくれる魚と氷の入ったビニール袋と引き換えに、
「ごちそうさん」
と空のコーヒーカップを返却して店を後にするのだが、ふと、もしかしてこちらの素性は承知の上で、うまく素人を乗せる店側の計略にまんまと嵌まったのかななどと思いつつ、重い袋をぶら下げて駐車場を歩くのである。

11/29/2014


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